3.古代兵器、ユニクロを着る
俺の体を拘束していた、熱線が消えた。
束縛から解放された体に、一切の痛みはない。
…マジか、火傷ひとつ見当たらない。
確かに肌を焼くほどの高熱に晒されたと思ったんだけど…。
これもアグニの匙加減か、それとも…幻でも見せられていたのか。
…まぁ、どちらにしても、怪我が無ければOKだな。
俺はその場で地面に座り込んだ。
そして、冷たい石の壁に背を預けて、深く息を吐いた。
「ふぅ……マジで焦った…死ぬかと思ったぜ…。」
『ふん、盗人だというのに軟弱者だな、我が主は。』
…この萌えない口調の燃える少女──アグニ。
プラズマ…ギジ生命体?とかいう、古代兵器なんだとか。
…おっと、そうだった。急展開ですっかり忘れていたな。
…一応使っとこう、『鑑定』!
【焔のアヴァターラ】ランク:S
意志持つ炎。異星の技術により、炎に機械的処理を施し、人格を持たせた兵器。
主な用途は要人の護衛と戦闘。
炎故質量を持たず、形も自在に変更できる。
現在は前の主である卑弥呼の姿をコピーした状態で安定化している。
疑似人格名:アグニ
え~っと、要約するに…。
遥か昔、邪馬台国の女王・卑弥呼がシャーマン的な力で異星人を呼び出した。
その異星人から賜ったのが【焔のアヴァターラ】こと、古代兵器アグニ。
アグニは卑弥呼のボディーガードだか影武者も兼ねていたみたいだが、瓜二つにコピーされた姿を卑弥呼本人に気味悪がられて、祭壇に封印されてしまった、と。
トンデモSF…いや、『月刊ムムー』案件じゃねぇか…!
やっぱダメだ、到底理解が到底追いつかない。
…とにかく、当初の目的は果たしたんだ。
こんな場所、長居するもんじゃない。
そう思って踵を返しかけたとき──
ふと、視界の隅に光がちらついた。
「……なんだ、あれ。」
石の祭壇の上に、アグニの炎のゆらめきにあわせて煌めく何か。
それはこの薄暗い石室には不釣り合いなほど、鮮やかに見えた。
顔を近づけて、よく見てみると──
「…勾玉?…これは…翡翠か?」
それは、透き通るような緑色をしていた。
親指サイズのその勾玉は、手に取って見れば極小の渦巻き紋様が刻まれている。
それが…3つ。祭壇の上に並べられていた。
…こんな時は【鑑定】だな。
【封魔の勾玉】ランク:C
氷翡翠で作られた勾玉。彫られた文様は呪術的な意味が強く、若干の力を宿している。
宝石としての価値が高いが、美術品的にも価値が高い。
…これ、持って帰ったらとんでもない金額になるんじゃ…?
『…ああ、我を封印する時に、触媒にでも使ったのだろう。まぁ、侵入者に対する自動迎撃程度で解ける、子供だましの封印だったがな。…封印など無くとも我は、主の意志に背いてまでわざわざ顕現などせぬというのに。』
アグニ、お前…。
…どんだけ卑弥呼様から嫌われてたんだよ。
なんか一々不憫すぎて、俺まで悲しくなってきたわ…。
…さて、思わぬ副収入…と、言いたいところだが。
…現実的な問題。こんなお宝、どうやって金にかえる?
いや、実際やったこと無いからなんとも言えないんだが…これって普通に売れるのか?
…質屋に持ち込む?…いやいや、怪しすぎる。正規のルートに乗せれば当然出所を問われるだろうし、実際盗掘みたいなもんだし…。
…犯罪者と疑われるか、最悪、捕まるかもしれない。
この問題、現代トレジャーハンターにとっては頭の痛いところだな…。
思わず頭を抱える俺に、後ろから声がかかった。
『…何を悩む、盗人よ。どうせ持ち主の無い宝だ、盗人らしく持っていけばよかろう?…持ち主に一番近しい我が許可しているのだ、何も問題あるまい?』
「いや、それは嬉しいんだが…現代だとお宝を現金化するのも、色々大変でだな…。」
『貴様の記憶は読ませてもらった、それは理解している。…貴様には、都合の良いスキルがあるだろうが。』
呆れたようにそう言うアグニ。
「……スキル?」
『【換金】とか言うスキル、元の世界ではさして価値のない能力のようだったが…こちらの世界では、それが持つ意味も変わってくるだろう。』
【換金】スキル。
ダンジョンで手に入れたアイテムは、通常なら冒険者ギルドに持ち込み、査定を経て、報酬の支払いとなる。
…だが、ギルドの査定カウンターは、結構込み合う。
持ち込んだアイテムの量が多ければ、それだけ査定にも時間がかかってくる。
夕方にもなれば、そんな査定が何パーティも長蛇の列を作っていて…最後尾になった日には、目も当てられない。
そんな時便利なのが、この【換金】スキルだ。
このスキルを使えば、ギルドを通さずアイテムを直接現金化できるのだ!
…まぁ、ギルドと違って換金額が固定なので、ちょっと損をする場合もあったんだが…。
…え、まさか。
俺は試しに、掌に勾玉を一つ載せて、スキルを実行してみる。
…よし、【換金】!
カンキンっ♪
…!?掌にのせた勾玉が消えた!?
それになんだ!?今のふざけた声っ!?
〇イペイの決済音みたいな…俺のスマホからか!?
急いでスマホの画面を見ると、俺の銀行口座が表示されていた。
『入金/カンキン +4,000,000円』
「…マジかよ。」
…え?これって不正な入金を疑われたりしないんだろうか…?
…分からん。って言うかもうやっちまった後だしな。
…スキルを信じよう。…どうか本当の意味でチートスキルでありますように…!!
宝の山を前に、俺は乾いた笑いをこぼすしかなかった。
…俺は残り2つの勾玉も回収し、アグニと共に地上へと戻った。
~ ~ ~ ~
郊外の大型ファミレスの窓際席、ドリンクバーのグラスを片手に、俺は深いため息を吐いた。
…店内には客の姿はあるが、店員は一人も見当たらない。
人の代わりに、ネコ型配膳ロボットがせわしなく動き回っている。
なんでもココは無人化テスト店らしく、厨房でもロボットコックが調理をしているんだとか。
…すげぇな科学技術、マジ未来。
…まぁ、こうやって仕事のロボット化が進んだおかげで、俺みたいな二十歳過ぎのフリーターが大量発生しているワケだがな。Sh〇t!!
…あ、違うわ。俺、無職からジョブチェンジして今盗賊だったわ。
無職から盗賊へ…う~ん、アウトロー街道まっしぐらだぜ!
…俺は改めて、正面の席に目を向けた。
そこに座るのは、バイトの後輩──湯取。
俺とともに居酒屋「鳥魔族」で働く仲間だ。
大学生で、茶髪にピアス、いつも先輩の俺に軽口を叩く、典型的チャラ男。
…なのに妙に人懐っこく、どこか憎めない奴だ。
「…ってか、アリババ先輩。本気で言ってます?」
「本気も本気、大マジメな話だよ。」
…ピッ、ピッ。
「…さっきから聞いてたら、マジでヤバくないスか?バイト辞めてトレジャーハンター?何スかソレ、夢追い人っスか?笑えねぇっスよ。」
「いやいや、これが真剣な話なんだって。」
…ピッ、ピッ、ピッ。
「…それは、そちらの美人さんと何か関係があるんスか?」
俺の隣に座り、無心で注文用タッチパネルをいじくっている女──アグニ。
体に纏っていた炎は鳴りを潜め、見た目も元の少女の姿から変わって、今は20代前半位に見える。
…一緒に歩いてたら職質受けそうだったんで、なんとかならないかお願いした結果である。
遠くからでも目立ちまくりの真紅の髪に、真紅の瞳。
…そして、ユニクロの無地のワンピースの首元からチラリとのぞく奇妙な文様。
…うん、ただ者じゃない雰囲気をガンガン放っている。
「…えーと、阿国さん、でしたっけ?お綺麗な方っスけど…(なんか怪しいビジネスの勧誘を受けてるとか?)」
「いやいや、アグニはそんなんじゃ無いって。…まぁ、これから一緒にやっていくパートナーみたいなもんかな。」
「は、はぁ……彼女さんっスか?」
「違うって。」
『こいつは我の“主”だ。仮初のな。』
「………。」
湯取の目がまん丸になる。
そして無言のまま、ゆっくりとドリンクを一口。
「…パートナーって、なんかエッチ系の話っスか?」
「違ぇっつーの!」
突っ込んだ瞬間、タッチパネルがピコンと音を立てる。
『…情報は得ていたが、本当にこれで食事を注文するのか。…原始的で面白いな。わざわざ画面を触る必要性が理解できんが。』
「だってタッチパネルだからな!地球じゃソコソコの最新機器だから!…つーか今お前注文した?」
『…ところで、何故そいつは貴様を『ネコババ先輩』と呼ぶ?…やはり泥棒だからか?』
…話題を逸らした?え、何注文したのコイツ…?
「…ネコババじゃ無ぇし、そいつじゃ無くて湯取な。…俺の名前が馬場 有人だからって、文字ってアリババって呼んでるんだよ。…実際使ってるの、コイツだけだけど。」
『…それは、馬鹿にされているのでは?』
「…実際どうなの?」
「で、マジでバイト辞めてどっか行くんスか?」
話題を逸らした!!
「…まぁな。とりあえずは日本国内、財宝を求めてあちこち行ってみるつもりだ。」
「…正直、泣きながら帰ってくる姿しか思い浮かばないんスけど…店長には?」
「もう伝えてきた。『いつでも戻ってきていいよ』なんて言ってくれたけど、それは本当にダメだった時だけだな。」
「…ふーん。もう決定事項なんスね…。」
湯取が半信半疑のまま、またドリンクを口に運ぶ。
「…しばらく経ったら、途中経過の報告会しません?いや、完全な興味本位なんスけど。」
「…いいぜ。俺の泣き顔を期待してるんだろうが、逆にほえ面かくことになるぜ?」
と──店内の空気がざわつく。
何かと思えば、厨房から大量の配膳ロボが列をなし、山のような量の皿を運び始めていた。
…俺たちの座る、窓際のテーブルへ。
「…なんだコレ!?何事だ!?」
列の先頭を走っていた配膳ロボが、俺の手前で停止する。
『お待たせいたしました。地中海風ドリア、99個が到着いたしました。』
…俺と湯取の視線が注文用タブレットを、続けてアグニを注視する。
アグニが、無垢な顔で首を傾げる。
『上限まで注文してみた。ここはテストする店舗なのだろう?』
「いやテストって!そういう意味じゃ無ぇんだよ!!」
思わず額を押さえる俺。
なんだドリア99個って!?食えるかっ!!
いや、つーか流石に誤発注って気づくだろ普通…。
なんで誰も確認に…。
…あ。
…この店、人間の店員が居ないんだった…。
「…畜生、分かったよ!俺が払うよ!…あ、ネコちゃん、ドリアお持ち帰りってできます?
(…臨時収入が無かったら詰んでたな、コレ…。)」
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今回入手したもの
■焔のアヴァターラ(古代兵器アグニ)
■封魔の勾玉×3(内1つは換金済)
■地中海風ドリア×99個




