28.盗賊、情報共有する
「ノクス・ミラビリス…“奇跡の夜”って意味ね。魔術結社としては老舗中の老舗だけれど、一般へは完全に秘匿された組織よ。本拠地はヨーロッパ、支部は世界中に点在してるわ。構成員は──ざっくり言えば、“魔術の才能がある人間”か、“知識に飲まれて壊れない人間”。」
beeはコーヒーをひと口飲むと、ノートPCのモニター越しにこちらを見た。
「大学教授、医者、古書店主…表向きはそういう肩書きで世間に紛れてるけど、実際はアノマリー、それも“魔術寄り”のブツを収集してる連中よ。…ガチの“魔術師“が多数在籍する武闘派でもあるわ。」
「へぇ。流石によく知ってるな。」
「はぁ…そりゃあ知ってるわよ。あたしがこの仕事やってるのはね、なにもオカルト好きだからじゃないの。“情報収集”と“人脈作り”のためよ。」
そう言いながら、beeは肩をすくめる。
「だってそうでしょ?本物のアノマリーってのは、都市伝説に埋もれてたり、眉唾の噂にまぎれてたりする。そういう“クサい話”をかき集めて、そこに埋まってる真実だけをすくい上げる。──それくらいやらないと手に入らないのよ、ああいう本物は。」
「なるほどな…。」
確かに一理ある。
俺みたいなスキル持ちでもなければ、財宝──アノマリーの在り処を突き止めるのは、情報がすべてだろう。
妖しい噂、忘れ去られた伝承、古文書、地方に伝わる口伝…そんなものを手当たり次第に掘り返して、ようやくカケラを見つける。
…考えただけで吐きそうだ。正直、俺には真似できない。
「それに比べてアナタ達、“ぽっと出”で三個も四個もアノマリーを持ってるんだもの。そっちの方が、よっぽど異常なのよ?」
beeは皮肉めいた笑みを浮かべて、メガネのブリッジを指で押し上げた。
「…で?出所を聞いても?」
「…別にいいけど、もう何も残ってないと思うぞ?こっちの用が終わったら教えるよ。」
『忘れられた墳墓』には本当に何も残っていないし、そもそも侵入自体が無理だ。
『無垢なる水の地下洞』は…ああ、あそこは地底湖の水が回復薬だったな。
…まぁ、あれが全部ポーションだなんて、誰も思わないだろう。
『鋼の墓標』は、プシュパカが出入り口を塞いでしまった。いやあ、残念!
俺はスマホを取り出し、ノクス・ミラビリスから届いたメールを開いて、beeに差し出した。
「ちょっと貸して。……ん〜……なるほど。“【ポーション】と、向こうが保有するアノマリーの交換”、ね。」
…読むの早いな、流石は記者。
「まず確認なんだけど、このノクス・ミラビリスって組織、信用していいのか?正直、いきなりメール送りつけてきた時点で、俺の中じゃ結構グレーなんだが。」
「…彼らが【ポーション】を欲しがる理由は分かるわよ。最近ね、とある遺跡を巡って、ノクス・ミラビリスとA.R.K.部隊が真っ向から衝突したの。」
「!!」
衝突って…私設軍と武闘派魔術結社が?…それはもう抗争とか戦争のレベルだろ…。
「結果として、遺跡はA.R.K.が制圧。ノクス側はかなりの死傷者を出したって話よ。…知らないだろうから教えておくけど、アノマリーで負った傷って、普通の医療じゃ治せないことも多いの。だからこそ、この前貰った【ポーション】は、私にとってすごく価値のある“保険”になるってわけ。」
なるほど、それで【ポーション】を、か…。
「…実力のある魔術師って、育成に何年もかかるのよ。いまのノクスは戦力的にかなり手薄。つまり、どうしても【ポーション】が必要な時期ってこと。うまく立ち回れば、互いに利益を取れる“交渉”にもなるわけ。」
互いにWin-Win、か。確かに、それが一番理想的ではあるんだよな。
…けど、俺が一番気になってるのは、ノクス・ミラビリスが“どんなアノマリーを持ってるのか”ってこと。
前世の記憶を取り戻す前、俺が出遅れていた間に回収された財宝たち——
正直、すげぇ気になる。
「そこで質問。…アナタ達、【ポーション】はあとどれくらい持っているのかしら?その数次第で、交渉の主導権も変わってくる。」
…うーん、どうする?
馬鹿正直に全部話していいのだろうか?
——いや、ここはbeeの信用を深めるチャンスだ。
「…そうだな。“相手が欲しいだけ用意できる”って言ったら、どうする?」
beeは一瞬、意味が分からないという顔をした。
けど、数秒後にはその表情が、驚きと…明らかな喜色に変わっていく。
「…面白い。面白いわ。その話が本当だったら、今回の交渉はアナタ達が“圧倒的優位”で進められる…!」
彼女は声を上げて笑い出す。まるで悪戯を思いついた子供のようだ。
「アナタ達…とんだトリックスターね。…どう?この際、私を雇ってみない?報酬は出来高制でいいわ。“アノマリー払い”ってことで。」
心の中でガッツポーズを決める。
よし…! 完璧だ!
正直、今回のノクスとの交渉、最初からbeeを同席させたかったんだ。
なにせ俺たちは、アノマリー界隈の情勢に疎い。
専門家がいないと、足元をすくわれる可能性が高すぎる。
「その条件でいい。よろしく頼むよ、bee。」
「ふふっ…楽しくなってきたじゃない。」
そう言って、不敵に笑うbee。
味方につけると、これほど頼もしい存在もいない。
…まさか、峰不○子みたいに裏切らないよな?……な?




