27.盗賊、見つかる
湯取がプシュパカの子機二体を伴い、実家の荷物を回収してきた。
黒のワンボックスカーには、大量の段ボール箱が積載されている。
中身は衣類や趣味の物がメインで、家電や家具はこの際なので新たに購入するのだそうだ。
「…よう湯取、引っ越しは順調?…誰かにつけられたりしてないか?」
俺は辺りを警戒しつつ、玄関から半分だけ顔を出し、湯取に問いかける。
「…どうしたんスか先輩、なんか必要以上にビクビクしてません?」
段ボールを抱えたままの湯取が、可哀そうなものを見るような目で俺を見る。
「…いや、まぁ、そう思うよな。…実は、少し気になることが起きてな。」
俺はスマホを取り出すと、画面を湯取に見せた。
「…なんか変なメールが来たんだ。ちょっと全員集合!!」
~ ~ ~ ~
『騒々しいな、何があった?』
「なんか変なメールが届いたとか言ってましたよ?」
『マスターのスマートホン宛てにですか?…失礼ですが、いかがわしいサイトの利用は控えていただけると…。』
「違うっつーの!…プシュパカはそういうの何処で覚えてくるの?インターネットか?」
リビングに集まった面々に、俺は自分のスマホを見せる。
そこに表示されていたのは──
件名:貴殿の手にある「癒しの秘薬」についての申し入れ
拝啓 星々の運行静まりし時刻、貴殿の魂魄に曇りなきことを願い申し上げます。
突然のご連絡をお詫び申し上げます。
私どもは、《ノクス・ミラビリス〈Nox Mirabilis〉》と申す、古き伝統を継ぐ私的な研究団体にございます。
この通信は、いわゆる魔術的アプローチを通じて貴殿の端末に直接転送されております。
貴殿の個人情報が漏洩しているわけでは無いことを併記致します。何卒ご容赦くださいませ。
さて、我々はある確かな観測を通じ、貴殿が「癒しの秘薬〈一般には【ポーション】と呼ばれるもの〉」を所持しておられる可能性が高いと認識いたしました。
つきましては、もし現在もなおその秘薬をお持ちであり、譲渡をご検討いただける場合、私どもより、等価にして相応の返礼をご用意させていただく所存です。
具体的には、当方が保有する魔術的遺物、俗に言うアノマリーの中より、【ポーション】の希少性と効能に見合うものを選定し、交換という形式にてお渡しできる手配を進めます。
この提案にご興味を持たれましたならば、恐れ入りますが、本メールにご返信くださいませ。
折り返し、取引の候補日時および場所を追ってご連絡いたします。
貴殿のご英断を、静かに、そして敬意をもってお待ち申し上げております。
見えざる銀の潮流に導かれし刻、貴殿に魔の加護と均衡の兆しあらんことを。
敬具
《奇跡の夜》ノクス・ミラビリス 交渉管理局
「つまり…どういうことだってばよ?」
『ふん…厄介な相手に見つかったな。』
『ノクス・ミラビリス…秘密結社のような組織でしょうか?…情報漏洩が無くとも、魔術的アプローチとやらで接触してくるとは…考えが至りませんでした。』
「しかも【ポーション】の存在がバレてる。これはオルテックス・インダストリーからなのか、それとも…beeから漏れたか?」
「!!…beeさんはそんなコト…しないと、思いたいっスけど…。」
…まぁ、湯取はそう言うだろうな。beeに惚れてるみたいだし。
でも可能性は全然有るんだよなぁ…例えば、持ってった【ポーション】を誰かに売り捌く時…とか。
「これさ…実際どう思う?このノクス・ミラビリスって組織と…接触してみるべきか?」
『【円卓会議】にかけるまでもなく、接触は避けるべきです。相手組織の規模・実力、そして目的も不明です。取引を持ち掛け、出向いたところを拘束される可能性が現状で82%存在します。』
『我はどちらでも構わんぞ。貴様がしたいようにすればいい。…どうなろうと貴様は我が守護する。』
「う~ん……あ、実際会って誰から【ポーション】のコトを聞いたのか問い詰めれば、beeさんの容疑も晴れるかも…!」
うん、湯取はもう目的が別になっちまってるね。
プシュパカは反対、アグニはどっちでもいい…か。
見事にバラバラだな。なんてまとまりの無いチームだ!
「…俺の意見としては、相手組織の『下調べ』をした上で、危険度が低いようならば会ってみてもいいと考えている。…あくまで安全第一ってスタンスでな?」
『…お言葉ですが、マスター。先程のメールを拝見した直後から、インターネット回線と繋がった子機により情報収集を行っておりますが、巧妙に隠蔽されています。表向きは「歴史的書物の収集・保護を目的とした非営利団体」となっていますが…それ以外の情報が一切ありません。』
流石プシュパカ、行動が早い。
やはり『裏世界』の組織…表の世界には情報が無いか。
「う~ん…なんかこのノクスなんちゃらって名前…聞き覚えがある気がするんスけど…。」
『…ポンコツが調べて分からんことを、貴様が知っているワケが無かろう?』
「…実はその辺、ちょっと心当たりがあるんだよね、俺。ってワケで、ちょっと出かけてくるわ。アグニ、同行頼む。」
『心得た。』
そう言って俺は立ち上がり、外出用のコートを羽織る。
アグニは俺の意図を感じ取ったのか、勾玉の姿になって上着のポケットに飛び込んだ。
「ちょ…俺はどうしたらいいんスか?」
「あ~、普通に引っ越し進めてていいぞ?できるだけ外出は控えて欲しいけど。」
『…ここは、マスターの意向に従いましょう。湯取さん、お手伝いいたします。』
再び段ボール箱を運び始めたプシュパカ小隊と湯取を置いて、俺達は家を出た。
…まだ昼過ぎってトコだ。どこかで昼飯食ってから行ってみよう。
~ ~ ~ ~
都心のオフィス街──高層ビルが建ち並ぶメインストリートから一本外れた裏通りは、喧騒から少し距離を置いた静かな空気が漂っていた。
飲食店や古書店、小さな出版社の看板が並ぶその一角に、こぢんまりとした四階建てのビルがある。
外壁は控えめなクリーム色で、通りに面した窓には「宇宙人」や「つちのこ」、「チュパカブラ」をデフォルメしたと思われるぬいぐるみが飾られている。
建物の正面には、手入れの行き届いた真鍮製のテナント看板──
その中に、「月刊ムムー編集部 三階」と書かれたプレートが掲げられていた。
「…ん~、ちょっと見出しが弱いかな…〈衝撃!!〉…いや、〈驚愕!!〉…こっちか…?」
オフィス内でパソコン画面に向かい、独り言を呟く女性の姿。
黒髪のボブカット、スクエア型で銀色の細いフレームの眼鏡。
そんな彼女のパソコン画面には、えらく胡散臭い文言の数々が並んでいた。
「…あ、居た居た。雁木君、君にお客さんが来てるよ?」
彼女の席まで小走りでやってきた初老の男性がそう告げる。
「…私にですか?今日はアポの予定は入って無いハズですが…?」
ブラインドタッチで記事を打ちながら訝し気に答える彼女に、初老の男性が思い出したように続ける。
「ああ、忘れてた。お客さんの名前ね、え~と…『アリハマ』さんとか言ってたかなぁ…?」
それを聞き、キーボードを叩いていた女性の動きがピタリと止まる。
「………あぁ~そうそう!今日約束してたんでした!……お客様は、今どちらに?」
「…なんか重大なネタを持ってきたって言ってたから、第一ミーティングルームに通しておいたよ。」
「わかりましたぁ~…ちょっとヤバめのネタなんで、誰も近寄らせないようお願いします。」
そう言うと彼女は、返事も待たず足早に部屋を出ていくのだった。
~ ~ ~ ~
案内された部屋で待っていると、なんかプリプリ怒った女がやってきた。
一瞬、誰?ってなったけど…ここに来たって事は、そういう事なのか?
「よぉ!…って、なんか雰囲気違うな。お前beeで合ってるよな?」
「だぁぁぁぁっ!!こんな場所でその名で呼ぶなっ!!馬鹿なの死ぬのっ!?」
あれ?beeってこんなキャラだったっけ?もっとこう…いけ好かないサブカル女っぽい雰囲気だったと思うんだが…やっぱ人違い?
「…なんでよ…。」
「え?」
「…なんでアタシがここで働いてるって知ってるのよ?…表の人間には、誰にも話して無いのよ…?」
…あ、やっべ。そういや何も考えずに来ちゃったよ。
…とりあえず、ありのままを話すか。
「…ウチの後輩…湯取がここの雑誌のファンなんだよ。で、記事にお前の名前があったから──」
「…なんでアタシの名前を知ってるワケ?本名なんて名乗ってないんだけど…?」
「本名って…ペンネームだろ?記事には『雁木真理』って書いてあったけど、本名は『雁木マリー』だもんな?」
すぅっ…と、beeの顔から表情が消える。
「…何?アタシを脅そうとか考えてるワケ…?敵対するのなら絶対後悔させてやるけど…?」
「怖っ!!違う違うっ!そんな気は無い!…俺が悪かったって!!」
俺が慌てて謝罪すると、beeは訝し気にしながらも多少は落ち着いた様子を見せる。
「…まさかアナタがソッチ系のアノマリーも持っていたとはね……新顔だと思って油断していたわ。」
…なんか、俺の【鑑定】スキルを魔道具…アノマリーの力と勘違いしてるみたいだな。
わざわざ訂正するようなことはしないけど。
「…で?要件は?…くだらない内容だったら許さないんだから…。」
「…そうそう、本題の前に…え~、雁木さん?…お前、【ポーション】の事誰かに話したか?」
「言うわけないでしょ?報酬の分はまだ私の手元に保管してるし…って、その言い方、どこかに情報が漏れたカンジ?だとしたらオルテックス・インダストリーでしょ?あの子、グラウス・ヘルマーの目の前でゴクゴク飲んでたわよ?」
湯取ぇ…お前…。
…いや、確かに隠せとは言ってないし、危機的状況でいちいち気にしていられんだろうけど。
アイツ、すっかり忘れてやがったな…。
「…疑ってスマンな。湯取は後で懲らしめておきます。」
「…優しくしてあげなさいよ?アナタ慕われてるみたいだし。」
…そうなんだよ、なまじ慕われてるから叱りづらいんだよな…。
…仕方ない、許してやろう。
気持ちを切り替えるように、俺は机の上に置かれたコーヒーを一口飲む。
そして、話題を切り出した。
「こっからが本題なんだけど…ノクス・ミラビリスって連中を知ってるか?」
俺の口にした名を聞いたbeeが、面白い物を見つけた子供のような表情で口を開く。
「ここでその名前が出るってコトは、【ポーション】の件で接触してきたってコトね?面白そうな話じゃない、詳しく聞かせてもらうわよ?」
…ほんと、勘がよろしいことで。




