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26.巨獣、目覚める

 アメリカ西海岸沖に浮かぶ人工島──通称“オルテックス・アイランド”。


 巨大な防波壁に囲まれたその異形の島は、まるで世界の荒波に抗う「箱舟」のように見えた。


 この島こそが、オルテックス・インダストリーの心臓部、生産・開発・指揮のすべてを司る、企業の中枢である。


 もとは米軍の極秘実験区域だったが、オルテックスが国家との交渉を経て買収。

 現在では国家権限すら及ばない「企業特別統治区」として、自前の法体系と治安組織が機能している。


 軍用滑走路、海中ドック、海底発電炉、地下研究街区、魔道封印倉庫、そして天を突くような超高層の管理棟。

 この島は、すでに一つの「国家」だ。


 島の中心──高層ビル群のさらに中央に屹立する、中枢タワー《エクシディウム・スパイア》。


 霧を突き抜け、雲を突き刺し、天すら穿たんとするその姿は、現代に蘇ったバベルの塔を彷彿とさせた。


 そしてその最上階、外界から完全に隔絶された特別会議室──《ディシジョンルーム》。


 暗灰色の重厚な壁と天井が静寂を支配するその部屋に、三つの人影が立つ。

 そこに響くのは、冷ややかな皮肉と怒気のこもった声。


 


「…占拠中の遺跡に侵入を許して、多数の負傷者。おまけに隊長本人も重傷。――情けない話ね。」


 言葉を発したのは、赤髪の女性だった。


 鋭利な氷刃のような目元に、真紅のベリーショート。全身に薄青の戦闘服を纏い、背には金属製のバックパックのような装置を背負っている。


 空挺魔導部隊隊長──エリシア・フロストレイン。


 


「…A.R.K.の恥晒し。制圧部隊の名が泣く。」


 やや遅れて、透き通るような声が続いた。


 腰まで届く長い銀髪、冷たい無表情。白衣と戦闘装備を融合させたような服に、無数のデバイスが吊られている。


 ──マリア・ニェチェリナ。僅か十七歳で研究運用部隊の隊長となった麒麟児。


 


「最下層のアノマリーもごっそり奪われた痕跡があるって話だしな。…ヘルマーのオッサン、終わったかもな。…だから中途半端な改造手術じゃなくて、俺みたいにサイボーグ化しちまえって言ったんだ。」


 肩をすくめ、飄々とした様子で嘆息するのは、灰色ソフトモヒカンの大男。


 表情とは裏腹に、顔を含む全身がどこか無機質…血が通わないように見えるのは、彼が脳以外の全てを魔道兵装化手術済みのサイボーグだからである。


 地上殲滅部隊隊長──ダリオ・ブラッドノート。


 


 そして──三人の視線の先、会議室中央に浮かぶ大型ホロモニターが明滅し、ひとりの男の姿が映し出された。


 


「確かに、今回のグラウス・ヘルマー君の失態は看過できない。驕り、油断…彼の問題は複合的だ。」


 冷静な声が、空中に浮遊する無数の球体スピーカーから落ち着いた口調で響く。


 画面に映るのは、白銀に近い金髪を丁寧に撫でつけた男。彫りの深い整った顔立ちに、白のテーラードスーツがよく似合っていた。


 その眼光は、穏やかな語調と裏腹に猛禽のように鋭い。


 オルテックス・インダストリー CEO──レオン・オルテックス。


 


「…だが、私は彼の能力そのものを過小評価しているわけではない。傭兵としての経験、魔道兵装【エクス・レクス】の実戦運用、そのすべてが我が社において唯一無二の資産だ。」


 レオンの言葉に、エリシアが眉をひそめた。


「つまり…『彼を倒した敵が、それほど強力だった』と?」


「その通りだ。確認されたのは二名の侵入者。一人は斥候能力に特化した男。もう一人は肉弾戦を主体とするタイプ。いずれも最低で、ヴァーチュース級以上のアノマリー所持者と見ていい。」


「遺跡入り口の封印を解いたのは?」


「前者だ。斥候の男が、我が社の解析チームが苦戦中だったあの封印を解いた。…高い確率で、彼は『異能』を持っている。」


 その言葉に、マリアの銀色の目がわずかに輝いた。


「異能…そう。ずっと興味があった。…捕らえて、解剖したい。バラバラにすれば、必ず仕組みが分かる。」


「…ニェチェリナ君。君の好奇心には敬意を表するが、まずは生きたまま確保してもらいたい。」


 レオンは珍しく、やや険しい顔を見せた。


「ちなみに、今回の戦闘では、かつてアラバマ技研から強奪された強化外骨格【Kālīstra〈カーリストラ〉】が目撃されている。」


 その名を聞いた瞬間、マリアの表情が一変した。


「…カーリストラ…! 私の…可愛い子…!」


 口元を震わせ、指先がわずかに痙攣する。


「許さない。絶対に、奪い返す。」



 ダリオが目を細めた。


「つまり侵入者の一味は、“墓荒らし”と同チームってワケか?」


「その可能性が高い。君たちの【魔道兵装】を基に、ニェチェリナ君指揮の元我々が開発した最初の【神話兵装】…あれは国家レベルの脅威になり得る。奪還が叶わぬなら、破壊あるのみ。」


 ディシジョンルームに、怒気と緊張が満ちる。


 その空気を破ったのは、再びレオンだった。


「…何も悪い話ばかりではない。今回、敵勢力による【ポーション】の使用が確認されている。」


「ポーション…ですか?」


 エリシアが目を細める。


「そうだ。戦闘記録映像において、肉弾戦闘の男は傷を負ってから数秒で回復した。500ml程度の容器を用い、まるでスポーツドリンクでも飲むかのように、だ。」


 そこで、レオンの語気が鋭くなる。


「……あり得ない。効力を保ったままの霊薬系アノマリーを、湯水のように使うなど。――つまり奴らは、“それ”を持っている可能性が高い。『現行で生産稼働可能なポーション工場』を。」


「もしそれが本当なら……!」


 マリアが低く呟く。


「…それを使えば、【神話兵装】も完成に近づく。【高濃度ポーション】を血液の様に循環させる構想…私たちの兵装運用に革命が起きる。」


 

 レオンは静かに頷いた。



「…“墓荒らし”と呼ばれていた彼女の正体は、日本人でほぼ確定した。アジア系女性だとは確認されていたが、今回の記録で音声データと照合が取れている。」


「…つまり、奴らは日本に潜伏していると?」


「ああ。…“狩り”の時間だ。諸君、A.R.K.を日本に全面展開する。目標は二つ──【Kālīstra】の奪還、そしてポーション製造拠点の発見・掌握。…その為にも二名の侵入者と“墓荒らし”を見つけ出し、必ず捕縛するのだ。」


 その言葉に、エリシアは鋭く笑った。


「了解。空挺魔導部隊の真価、必ずお見せ致します。」


 ダリオが肩を鳴らし、マリアは血走った目でうなずいた。



~ ~ ~ ~



 モニターカメラのスイッチを切り、レオン・オルテックスはタワーの最上階CEO室で、巨大な強化ガラスの窓から夜空を見上げる。

 その視線は夜空に浮かぶ星々に向けられているが…その表情は憎悪に歪んでいた。


「…まだ、届かないのか。そこに見えているというのに。」


 手を伸ばし、そして呟く。


「見えているのに…手に入れられないだと? …そんなふざけた話、私には耐えられない。」


『そんな君に朗報を持ってきたよ。』


 ガラスに反射した室内に、小さな影が映りこむ。

 ゆっくりと振り返ったレオンが見たのは、この場に有る筈が無い、一人の子供の姿だった。

 

 中肉中背、髪色は光の反射のせいか黒にも茶色にも見える。

 何よりもその顔は何とも曖昧で、アジア人にも欧米人にも…どの人種にも見える。


 そんな子供を見たレオンの反応は、意外なほど淡白なものだった。


「…ああ、君か。ずいぶんと久しいな。…相変わらず現れる時はいつも突然だね。」


 そう言うとレオンは椅子に座り、冷めたコーヒーを一口飲む。


 初めて会ったのは…夢の中だっただろうか?

 何一つとして特徴の無い…ともすれば子供なのかも怪しくなってくる、この存在。

 レオンはこの子供の事を、都市伝説の「This Man」になぞって「This Kid」と呼んでいた。


「今日は何の用だね?私もすぐに出かける用があるんだがね。」


『君が探している侵入者のうちの一人——』


 子供が右手の人差し指を立て、抑揚の無い声で続ける。



『彼が君の求めていた、すべてを手に入れる為の“鍵”だよ。』



 その言葉の意味を理解した瞬間には、子供の姿は無かった。

 その場に残されたレオンの顔には、抑えきれない高揚と歓喜が溢れ出していた。


「……そうか……そうか。」


 再び立ち上がり、夜空を睨みつける。


「…星々よ、震えて待っていろ。このレオン・オルテックスの手中に納まる日は、そう遠くないぞ。」





 こうして、“企業特区国家”オルテックス・アイランドの中枢で、密かに世界規模の動きが起動された。

 

 ──次なる舞台は、日本。


 墓荒らし共を“狩る”ために。

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