23.盗賊、契約更新する(強制)
見渡す限り一面、セピア色の世界。
そんなところに、いつの間にか俺は立って居た。
…なんじゃココは?
立っているのは大通りと思われる道のド真ん中。
だが、道を行く人々はまるで俺の存在に気付いていないかのように、華麗にスル―。
辺りを見渡せば、石やレンガ、木でできた中世風の街並み…。
…え、ココってまさか、前世の世界…異世界か?
何でまた、こんなことに?
ふと、背筋にゾクリとくる感覚。
【直感】スキルが反応した時と似たそれに、思わず振り返った。
ソレは、俺を見つめていた。
大通りの向こう側。
全身真っ黒の人型の何かが、俺を。
顔の中央に覗かせた、巨大な一つの目で。
道を行き交う人々は、俺と「ソレ」を避けるように通り過ぎていく。
…あのバケモノに誰も反応しないあたり、本当に俺達が見えていないのか?
…いや、これって…本当に現実なのか?
俺を見据えたバケモノが、動き出す。
一歩、また一歩と、ゆっくりこちらに近付いてくる。
…嫌だ、逃げたい!
…でも体が動かないっ!?
何だコレ!?奴のスキルか何かか!?
そうこうしている内に、奴は俺の目の前。
身がすくむようなオーラをまき散らしながらソレが、俺の頭を両手で掴む。
…そして、黒く濁った大きな瞳が、俺に近付いて──
『──見つけた──』
~ ~ ~ ~
「……うぉっ!!!キモッ!!!」
常軌を逸した不気味さに、思わず飛び起きた。
…起きた?
…俺は寝てたのか?
…ここは…俺の部屋だな。
…アレ?いつの間に家に帰ったんだっけ…?
『…気が付かれましたかマスター。「バイタルチェックを開始します。」…心拍以外は異常ありません。悪い夢でも見られましたか?』
ベットの隣で椅子に腰かけていた女性が、俺に声をかける。
…いや、誰?
…いや、この声は知っている。
だが姿形が…ん?
…この顔も知ってるな、割と最近見た覚えがある。
「…お前、プシュパカ…で、合ってるか?」
『はいマスター。お元気そうで何よりです。』
そう言ってプシュパカ…と名乗る女性は、笑顔を浮かべる。
「…その見た目は?何がどうなってる?」
『…アンドロイドのボディーが手頃な価格で入手出来ましたので、少し手を加えて移動用のボディーにいたしました。やはり人型ですと自由度が違いますので。』
…ああ、分かった。ファミレスで働いていたネコ型配膳ロボットだ。
細部に多少の違いはあるが、おそらく同じ型か同シリーズなのだろう。
…でも、何でメイド服?
…湯取とかに色々と誤解を受けそうだから、早々に着替えさせなければ…。
『…やっと起きたか、有人。貴様、丸一日寝ていたんだぞ?』
テーブルで雑誌を読んでいたらしいアグニが話しかけてきた。
耐火手袋を着けた右手には「月刊ムムー 5月号」…それ何処から持ってきた?
アグニから聞いた話では、俺はファミレスで会話中に意識を失い、湯取が家まで背負って運んでくれたらしい。
…最初は病院に運ぶつもりだったらしいが、アグニの診断では気を失っているだけだということで、自宅療養ということになったらしい。
…湯取に迷惑かけちまったな。後で礼を言っとこう。
『…ああ、湯取にはもうREINで連絡しておいたぞ。そのうち来るだろう。』
「…おれのスマホ勝手に使わないで貰えます?」
『ふん…それで、どうするんだ?』
「…どうするって…?」
『…気絶する前の話だ。内容は覚えているだろう?』
…覚えている。
…この世界が、何者かによって干渉されている。
各地に隠された異世界の痕跡。
それを転用し、歪に発展を遂げた科学技術。
…そして、それを見つけ出すのを目的に作られ、転生させられた…俺。
『…どうする?何者かの思惑通りに財宝探しを続けるのか、それとも辞めるのか。』
「…。」
『貴様が感じる「財宝に対する渇望」…それも、間違いなく何者かによって植え付けられた感情だ。…貴様は、他者の思惑通りで良いのか?』
…俺の感情は、俺自身のものだと思っていた。
だが、今その大前提が揺らいでいる。
俺の感情が、他者によって植え付けられた、偽物の感情かもしれない…。
…いや…。
「…財宝探しは、辞めない。」
『…。』
「俺が財宝を探すことが、何者かの思惑通りなんだとすれば…財宝を探し続けていれば、いつかヤツは俺の前に現れるハズだ。…誰だか知らんが、このままヤツにしてやられたままで良いワケ無ぇ!…絶対に、一発ぶん殴ってやる!!」
『…そうか。』
俺の言葉を聞いたアグニは、何が楽しいのか口元をニヤリと歪めた。
『…そうだな、有人よ。ならば、我も付き合ってやる。貴様が奴を殴るというのなら、その身は我が護ってやろう。』
そう言ったアグニの身体が、突然青白い光に包まれた。
…何だコレ、何がおこっているんだ…?
『…これは契約だ。貴様がいつの日か、「謎の干渉者」を殴りつけることを条件に、貴様を我の正式な主と認めてやる。…この契約、違える事は許さぬ。もし契約を違えた時には、我が焔は貴様の身体を焼き尽くす科罰となろう。』
…何それ、怖い。
ぶん殴りミッション失敗したら俺、アグニに焼き殺されるの?
…それは嫌だなぁ…何とか断る方向で──
『…不満か、我が主よ?』
…何時に無く 、伺うような表情で俺の左手を持つアグニ。
「……いや、なんかもう、拒否権無い感じっすね、俺…。」
俺がそう言った瞬間、青白い光が部屋を包み込み、左の掌に激痛が走った!
「…痛ぁっ!!!」
焼きゴテ押し当てられたような熱さに、思わず叫び声を上げてしまった。
その間も凄い力で左手を抑え続けるアグニ…何コレ罰ゲーム?…いや処刑?
苦しみ呻いていると段々と痛みは治まり、それに伴いアグニも手を離す。
…畜生っ…!なんで俺がこんな目に…!!
痛みが引いた左手に目を向けると…そこには、掌に半ばまで埋没した、赤い勾玉の姿があった。
「…なんじゃコリャ!?」
『その勾玉は正式な契約の証。貴様にそれがある限り、我が焔は貴様を守護するだろう。』
…分かった。全部理解した。
アグニが前の主、卑弥呼に嫌われた原因はコレだ!
唐突に激痛が走ったと思ったら、掌に異物を埋め込まれて…ってコレ、宇宙人による異物埋め込み…エイリアン・インプラントってヤツじゃねーか!!
…まさか自分がこんなインチキ臭い体験をするハメになるとは…「月刊ムムー」に取材に来てもらうか?
くっそ…アグニめ、俺をBL〇E SEEDみたいにしやがって…!
…あれ?…そう考えたら、ちょっとカッコイイかも?
『…ちなみに。本来なら正式な契約に伴い、我は契約者の「影」となってその身を護る。だが…どうも人間は己が姿を写されるのを嫌う傾向があるようだ。…貴様もそうか?』
姿を写す…ああ、影武者みたいに姿を模倣して護るってコトか。
そういえばアグニの今の姿は、前の主…卑弥呼を模倣してるんだったな。
「…そうだな。俺も…ちょっと嫌かもしれん。…それに今のアグニに慣れ過ぎて、今更姿を変えられても困惑しそうだしな。」
俺がそう答えると、アグニは肩を竦めて言う。
『せっかくある機能を使えないのは残念だが、仕方あるまい。…まぁ、正直を言えば我もこの姿に、多少は愛着が湧いているからな。』
愛着…か。
自分を嫌っていた卑弥呼の姿だってのにな。
…それでも、あの姿のままで長い年月封印されていたんだし、それも仕方が無いか。




