19.ランクS『双蛇の霊廟』⑤
避けられない角度で狙いをつけ、続けざまに【魔弾】を放つ。
…それでもアイツは、左腕を軽く掲げるだけで全部弾きやがる。
【反発結界】か……クッソ、魔道兵装ってマジで厄介だわ…!
こっちは少しでも集中が乱れたらブッ倒れそうだってのに。
…できるだけ距離を開けないように、左腕の死角に回り込む。
…が、あのオッサン、スピードだけじゃなく気配の察知もズバ抜けてやがる。
結局タイミングを読まれて、いいとこなし。
(…ま、いいや。最初から決着つけるつもりなんて無ぇーし。俺の役目は時間稼ぎだもんね。)
…それにしても疲れた。
集中状態ってのは、体力よりも精神的にクるな。
気を抜いたら脚がもつれそうだわ。
…そうなったら、全部オジャンだ。
…物陰に一瞬だけ身を滑り込ませて、隠し持っていたポーション入りのペットボトルを取り出し、一口飲みこむ。
スゥッと全身の痛みが引いていく…心地いい。
――次の瞬間、雷の様な音と光!!
「ッぶねぇ!」
音に反応した体が、反射的に跳躍する。
地を這う電流が、さっきまで俺のいた地面を焼き焦がしていく。
「…先程から貴様、隠れてコソコソ何を飲んでいる?」
現れたのはあのオッサン――あ、アリババ先輩に名前聞き忘れちゃったわ。
…まぁいいや、とにかく厳ついオッサンが、仮面みたいに無表情な顔で、じっと俺を睨んでる。
「へへっ…オッサン相手じゃ、飲まなきゃやってらんねぇっての!」
すかさずストレートを一発!…当然のように、左腕で弾かれる。ちぇっ!
「…!先程つけた傷が消えている…!?その液体、まさか…【ポーション】か…!?」
さっきまで無表情だったオッサンが、随分と驚いた顔をしている。
「…え、なにオッサン。そんな驚くコト?」
「…貴様っ!何も知らずに使っているのか!?アノマリーの中でも【霊薬】【仙丹】【ポーション】と呼ばれる類は、発見時にはそのほとんどが効力を失っている!貴様の持つその一瓶で、下手をすれば小国の国家予算に匹敵するぞ!!」
「…はぇ~…なんかスケールがデカすぎて、全然現実味が無ぇっスわ。あ、ちなみにコレ、瓶じゃなくてペットボトルっスけど。」
「…アノマリーをペットボトルに入れるなっ!!!」
オッサンの怒号と同時に、魔道兵装から放たれる氷柱の雨。
やべぇ、避けきれない――!
「…あっ――!」
死ぬ――
そう思った瞬間。
パキィィィィン!!
氷柱が空中で砕け散る。粉雪のような氷の粒が、目の前を覆い尽くし、その向こうから――
全身を覆う、黒い装甲。
異形の巨人…いや、異教の神を思わせるような、四本の腕。
規則的に並んだ装甲板の隙間が、まるで呼吸をするように黄色く明滅している。
頭部には眼球の様な三つの球体が、三角形を描くように並んで俺を見つめていた。
…なんだコレ、ロボット…?
『…苦戦しているみたいね。それなら、アタシを雇ってみる?お代はそのペットボトルでいいわ。』
ロボットから女性の声…!?
…いや、もしかしてこれって…『強化外骨格』ってヤツ…!?
「かっ…かっけぇぇぇぇぇぇ!!!!」
思わず目が釘付けになってしまう。
…やべぇ、あまりのカッコよさに叫んじゃった、俺。
現れるタイミングも見た目も、ついでにセリフまで全部完璧!
…コレ何処で買えるの!?俺も欲しいっ!!
「あれは…強奪された【Kālīstra〈カーリストラ〉】!?…貴様、『墓荒らし』かっ…!」
オッサンが、低く震えるような声で呟く。
『スマートじゃ無いわね…アタシのことは『bee』って呼んで頂戴。』
~ ~ ~ ~
『…残念だ。…やっと終わらせられると思ったんだが…。』
俺は、たった今自分が切り捨てた相手を見る。
…双蛇剣の連撃で、胴で四つに分断された遺体…。
…自らが行った行為に、嫌悪感を覚える。
このままでは俺は…心まで、モンスターになってしまう。
…誰でもいい…誰か…俺を止めてくれ…!!
『…!!』
突如、炎の壁が俺を覆う。
その壁は徐々に狭まり、意志を持ったように俺の体へと巻き付いた。
一度食らった技だ…【焔の鎖】とか言ったか。
視線を上げれば、俺を見つめる女の姿。
…その顔からは、感情が感じられない…。
『…もう、辞めにしないか…?お前の攻撃は、俺には効かない。』
そう提案してみるが、相手の表情は変わらない。
『お前は…恐らく【精霊】や【使い魔】みたいな存在なんだろう?…お前の主は死んだ。もう戦う必要は無い。』
『それを判断するのはお前では無い。』
…【焔の鎖】の拘束力が強まるのを感じる。
『…こんなもの、大した意味は無いぞ?どうせすぐに破る。そうしたら、お前も…。』
俺が全てを言い終わる前に、俯く女。
…くそっ、俺は何をしているんだ…?
こんな事…こんな事をする為に、俺は王になったんじゃ無いっ…!!
『…く…。』
女の口から、嗚咽の様な声が漏れる。
…これ以上…長引かせるべきでは、無い…か。
『…くくくくっ…。』
…嗤って…いる?
『…お、おい…お前、大丈夫か…?』
『…ハァ……フゥ、悪いな。』
無機質にも感じた仮面のような顔が。その表情が。
…確かに笑っていた。
見た目相応の、幼い少女のように。
『…慣れぬ事はするものでは無いな。…ここに来てからずっと不機嫌だったのだが、思わず笑ってしまった。…だが、存外に気分の良いものだ。』
『…なぁ、貴様よ。死せる王よ。』
『貴様は、自らを止められぬ事を嘆いていたがな。』
『…なに、気に病むことは無い。』
『人を害するは、モンスターの本能なのだろう?』
『ならば、それは理というもの。お前が言う「ダンジョンの理」というヤツだ。』
『…なれど、人にも理は有る。』
『自らを害さんとするものに仇なすは、「人の理」というものだ。』
『…何を言っている…?…お前は、何が言いたいんだ?』
『…くくくくっ…。』
『言いたいことなど無いさ、何もな。』
『…さて、貴様は我の無駄話に、何秒時間を無駄にした?』
『…何秒、我が主から目を逸らした?』
『!』
急いで振り返る…!!
死体が、無い…!?
…ドンッ…!!
背後からの衝撃。
…衝撃…?
…ゴーストの俺が、衝撃を受けた…?
…下を向けば、俺の腹からは槍の穂先が生えていた。
「…よう、王様。お待ちかねの【神聖】属性だぜ。」
これは…聖騎士ディーンの…!!
「『双蛇の霊廟』報酬部屋直送の、とびっきりの【神聖】属性武器だ、存分に味わいな。」




