17.ランクS『双蛇の霊廟』③
霧雨が降る深夜、街外れの例のファミレスチェーン。
俺は湯取、アグニと共に向かい合って座っていた。
テーブルの上には、俺の書いた寺院内の地図。
湯取が手にしたスマホには、俺が撮影した写真がクラウド経由で表示されている。
湯取はそれに目を通しながら唸る。
「…『オルテックス・インダストリー』に『A.R.K.部隊』…それに、トレジャーハンターの墓あらbeeさん…。」
「蔑称と自称くっつけんな。…その上『アノマリー』に『魔道兵装』ときたもんだ。お腹一杯だっつーの。」
『…本質はそこではなかろう。問題はどうやって突破するかだ。』
アグニの問いかけに俺は頭を抱える。
「…そこだよなぁ。俺はアグニを連れて【常闇の外套】で潜入するとして、問題は湯取だな…。」
「…なんかスンマセン、ご迷惑を…。」
「…いや、別に湯取が悪いわけじゃないから。気にするな。」
湯取の戦闘力は絶対に必要だからな。置いていくのは却下だ。
「…やっぱ先行した俺達が攪乱して、その隙に湯取にはブーストかけて突っ込んでもらうしかないかな。」
「うっす!任せて下さい!」
湯取は気合を入れるように返事をする。
…まぁ、やるしかないか。
決行は明日の深夜、俺達はA.R.K.部隊に占拠された、霊廟へ侵入する。
~ ~ ~ ~
寺院の裏手。深夜2時。俺は【常闇の外套】に身を包み、静かに壁を乗り越えた。
境内を巡回する兵の影をやりすごし、隙を見て進んでいく。
仕込みは上々、出来る限りの事はした。
…少しだけ体が重いが、気になる程では無い。
ある程度進んだ所で、ポケットから赤い勾玉を取り出した。
そして独り言のように囁く。
「火を頼む。」
勾玉が静かに光を帯び、俺の掌から小さな火球が放たれる。
それはふわふわと飛び回り、周囲の奇怪な建造物に着弾すると、瞬時に炎を広げた。
周囲はにわかに慌しくなり、怒声が上がる。
火災発生を周知するサイレンが鳴り響き、巡回していた兵も集まってきたようだ。
俺は繋いだままにしてあったスマホを顔に近づける。
「…よし、今なら正面が手薄のハズだ。湯取、突入しろ!」
俺も双頭の蛇像へと急ぐ。
駆けていく巡回兵を何度かやり過ごしながら進み、俺が像の元へと到着したところに丁度、ブーストをかけた湯取が合流した。
「なんとか戦闘にならずに来れたっス!さぁ、急ぎましょう!」
俺達は例の掘り返されて出来た段々を下り、鉄壁を乗り越え、双頭の蛇の像へと辿り着いた。
下から見上げる、双頭の蛇の像。
ライトアップされたその姿は、精気の無い瞳も相まってかなり不気味だ…。
蛇の像の足元(足無ぇけど)には、地面に取り付けられた重厚な金属扉があった。
まるでロダンの「地獄の門」を彷彿とさせる、荘厳な意匠。
「これが…話に聞いた入口か。」
「…見たところ、鍵穴とか無いっスよ?どうしましょう?」
一瞬戸惑ったが、すぐに【直感】スキルが仕事をしてくれた。
…多分あのスキルでいける。
「ちょっと離れてろ…よし、【解錠】!」
ガッコォォォン!…と何かが外れた音が響くと、埃と地響きをあげながら扉がゆっくりと開いていく。
中には下りの階段。先は暗くて見えない。
俺達は人が集まってくる前に、急いで階段を駆け下りた。
しばらく階段を下り続けると、通路が緩やかにカーブを描き出す。
…そして、途中から片側の壁が無くなり、一気に開ける視界。
直径300mはありそうな、円筒状の吹き抜け。
壁沿いに渦巻く幅広の螺旋階段が、遥か下層へと続いていた。
螺旋階段を全速力で駆け下りていく。
階段の壁面には、何やら英雄たちを模った彫像が並んでいる。
騎士、魔導師、剣士…どうやら何か物語になっているようだが、如何せん全力疾走しながらなんで理解しろってのが無理な話だ。
だが、特別な拵えで彫られたその中の一体に、俺は妙な既視感を覚える。
両手に蛇を模った大剣を持つ男…。
…う~ん?…なんか見覚えがあるような…無いような…。
…いや、今は時間が惜しい。疑念を抱きながらも先へ進む。
螺旋階段のが終わり、広いフロアに辿り着いた瞬間、臭気と異音をまき散らしながら何かが飛び出してきた。
咄嗟に湯取とアグニが応戦、即座に黒焦げの肉塊となったソレを、改めて確認する。
…それは、巨大な蛇と武装したゾンビだった。
息つく間もなく、すぐに後続が現れる。
アグニが前に出て火柱を放ち、湯取が飛び込んで拳を叩き込む。
俺はスキルで敵の装備を奪い、サポートに徹する。
どうにか一団を殲滅できたのだが…これは、由々しき問題だった。
【ポイズンボア】
種族:魔獣
蛇型のモンスター。
出血毒を持ち、嚙まれると最悪の場合失血死に至ることも。
【アンデッドナイト】
種族:死霊
錆びた鎧や剣、槍などで武装したゾンビのモンスター。
腐敗しており、攻撃を受けると確率で破傷風や感染症になる。
…この蛇とゾンビ…明らかに『モンスター』なんだよなぁ…。
モンスターが出るってことは、ここは…。
…そう、ここは『ダンジョン』ってことになる。
どうしてこっちの世界に、異世界の『ダンジョン』が?
いや、今までだって異世界産のアイテムとかあったけど、今回は巨大なダンジョン丸ごと?
…異世界…蛇を模った大剣…
「…あ。」
「どうしたんスか?」
「…分かった…っていうか、思い出した!ここ、『英雄の墓』だ!」
アグニが唸る。
『…それは、お前のいた『異世界』の話か?』
「そう、ここは『双蛇王・ケリュケイオン』の墓…ああ、だから『双蛇の霊廟』なのか!」
さっき螺旋階段の壁に見た「両手に蛇を模った大剣を持つ英雄」…見たことがあるハズだ。
『双蛇王・ケリュケイオン』は冒険者から一国の王にまで成り上がった、正に『冒険者ドリームの体現者』として超有名な人物だ。
その墓所は観光地としても有名で、冒険者なら一度は参拝に訪れる場所だ。
かく言う俺も、若い頃に一度訪れたことがある。
その頃の墓は神殿のような作りで、参拝者が入れるのは神殿の入口まで。
内部の荘厳な彫刻やステンドグラスが記憶に残っている。
…今思い出すと、神殿の奥に双頭の蛇の像があったような気もする。
良く見えなかったが、あの下に金属扉もあったのだろう。
だけど…その頃の墓所は、ダンジョンなんかじゃ無かった筈だが…。
そんな思考に頭を占拠されていると、にわかに騒がしくなってきた。
…やばい、もう追い付いてきたのか。
急いで移動を開始。次々と襲い掛かってくる蛇とゾンビを撃退(主に湯取とアグニが)し、なんとか次の階段を発見。
再び螺旋階段を下っていると、背後からガチャガチャと金属音が。
振り返ると、黒い装備に身を包んだA.R.K.部隊の兵士たちが迫っていた。
「くそっ、仕方ない!応戦するぞ!」
乱戦が始まる。
兵士が携帯していた銃を構えると、なんと銃口から複数の火球が発射された!
あれが噂に聞く『魔道兵装』ってヤツか!?
アグニが前に出て火球を無効化すると、敵は銃に装着されたカートリッジのようなものを交換している。
あ、アレはまずいかも…!
急いで【スナッチ】を発動!
俺の手の中に、敵の構えていた銃が現れる。
何が起こったか理解できずにいるA.R.K.兵に、湯取がボディーブローを叩き込み無力化した。
続く兵達に殴りかかった湯取だが、奴等がガントレットを弄ると小型の結界が展開し、湯取の攻撃が防がれる。
えぇい、没収没収っ!!
【スナッチ】を連続発動し、俺の腕には銃とガントレットの小山が出来あがった。
すっかり武装を解除され唖然とする兵士達に、アグニの火球と湯取の【魔弾】が降り注ぐ!
…爆発音と悲鳴が鳴り響いた後には、倒れた兵士達の姿だけが残されていた。
…これが『魔道兵装』…見た目は近代的な銃やアームガードなのに、普通に魔道具じゃねぇか。
【MDW-11《エーテルボルト》】ランク:C
分類:魔力圧縮ライフル
携行可能なサイズの魔導銃。魔力を弾丸状に固め、圧縮射出する。
火・雷・氷の3系統の弾丸を発射可能で、魔石を搭載したカートリッジの交換で属性を切り替える。
命中時の爆発/感電/凍結は“軽度”で、拘束支援・牽制が主な目的。
【MMS-13《マギ・ガントレット》】ランク:C
分類:手甲型結界装備
腕に装着する魔道兵装ガントレット。6連使い捨てカートリッジ式。
手首のトリガーを操作するとカートリッジを1つ消費し、自身の前方に
【結界】を即時展開する。(物理/魔法に対応するが、防げるのは中級魔法程度が限界)
展開時間は約10秒程度、再使用には10秒のインターバルが必要。
財宝ランクC…前世で言えば『ユニーク級』だ。
あ、ランクがついているなら【錬金術師の驚異の部屋】に収納できるな。へへっ、儲け儲け。
ようやく階段を抜け、次のフロアへ突入。
しばらく進んでいると、唐突に壁が砕け、氷の槍が飛来する。
危なっ!?…後数メートル進んでいたら直撃だったぞ…。
壁の亀裂から姿を現したのは、A.R.K.部隊の制服…黒を基調に銀のラインで装飾された服を着た男。
スキンヘッドに大きな傷跡…左腕に鈍色の鎧…いや、あれは義手か?
…明らかに別格のオーラが出てるな。
【鑑定】を使っておこう。
【グラウス・ヘルマー】40歳
A.R.K.制圧部隊 隊長
魔道兵装の直結使用に耐えられるよう肉体改造を施している。
魔術回路を内蔵した義手型魔道兵装『エクス・レクス(EX LEX)』を
左腕部に換装している。
E:義手型魔道兵装エクス・レクス(ランク:B)
E:A.R.K.特殊兵装コンバットスーツ(ランク:C)
…やっべ、部隊長出てきちゃったよ。
「…貴様らが侵入者か。ふざけた真似を…と、言いたいところだが。…あの扉を開けたそうだな?感謝する。」
左腕に刻まれた亀裂のようなラインが青く輝き、巨大な魔法陣が展開される。
「!!まずいっ!!」
魔法陣から競り出た氷の柱が飛翔する。床が氷凍り付き、霜が舞う。
湯取が咄嗟に打ち出した魔弾がかき消される!マジか!?
「アグニッ!!」
「小癪な!!」
地面から噴き出した炎の壁がギリギリで間に合い、氷柱を相殺する。
「やはりアノマリー持ちか。見たところ等級は…ドミニオンズかスローンズといった所か。」
燃え盛る壁から鈍色の腕が伸びる。
こいつ…炎の壁を涼しい顔して突き破りやがった…!
「…それらしい装備が見当たらんな。…経口型か、偽装型…いや、貴様がアノマリーか。」
そう言って、ハゲ軍人がアグニに魔道兵装の腕を向けた。
させるかっ!【スナッチ】!!
…バチバチッ!!!
!?なんだ!?【スナッチ】が弾かれたっ!?
「貴様、何かしたな?この感覚…『異能使い』か?」
ハゲが俺を睨んで、こっちに向かって急加速する。
やべっ、タゲ貰っちまっ…
「アリババ先輩っ!!」
湯取が横からハゲに殴りかかる…!
バチバチッ!!
!!ハゲの体が輝き、湯取が吹き飛ばされたっ!?
…ちくしょう、まただっ!!何なんだアレは!?
【鑑定】できるか…!?
【SM-02《エクス・レクス(EX LEX)》】ランク:B
分類:義手型魔道兵装
魔術回路を内蔵し、高威力属性魔法を事前詠唱無しで撃ち出す「魔導砲の腕」。
属性は火・雷・氷の3つを随時切り替え可能。
【MDW-11《エーテルボルト》】の完全上位互換であり、使用者のグラウス・ヘルマーは改造手術により体内に合成魔石「マギクリスタル」を持つ為、カートリッジも不要。
また、副次的にマギクリスタルの自動防衛機能が装着者を守る【反発結界】を発生させる。
…ランクB!?やっぱ特注品かよ、あの腕…!!
【スナッチ】や湯取の攻撃を弾いたのは、【反発結界】ってヤツか?
こいつ…もしかして、俺達みたいな奴の『天敵』なんじゃあ…。




