13.ランクA『鋼の墓標』④
地鳴りのような轟音が、地下空間に響き渡る。
ふたつの巨影が並び立ち、両腕の巨大な車輪を唸らせながら俺たちに迫っていた。
金属の巨体とは思えぬ機動力。
超重量の足音が、まるで削岩機のような地鳴りをあげる。
…次の瞬間には、回転する車輪が俺の眼前へと迫っていた。
「!!…させないっスよ!」
湯取が咄嗟に前へ出て、腕をカチ上げるように拳を叩き込む。だが——
「だぁぁっ硬ぇぇぇっ!!殴ったこっちの拳が砕けそうっスよ!!」
まるで鐘を打ったような音とともに、弾かれる湯取。
…ダメか、装甲の表面すら凹んでいない。
背後から近づいたアグニの炎がうねり、巨体を包む。
『…装甲が分厚くて、炎も効き辛いようだ…仕方ない。貴様らに被害が出るのには目をつぶって、出力を上げ——』
「やめて!!湯取はともかく俺が死んじゃうから!!」
危ない発言に、慌ててアグニを制止する。
…とは言え、このままじゃジリ貧だ。
あれだけの猛攻、湯取もアグニもそう長くは捌けまい。
俺は打開策を探るべく、スキル【鑑定】を使用する。
【機人ドヴァーラパーラ】
プシュパカによって創造された、巨大な機人の守護者。
外装は主に機関車の素材が用いられ、分厚く頑強。
両腕はアタッチメント式になっており、換装可能。
E:虐殺大車輪×2
【虐殺大車輪】
近接最強装備。高速回転する巨大な車輪が、敵対者を「車輪刑」にする。
スキル【直感】が反応する。
…なるほど、試してみる価値は有るか。
俺は応戦している二人に向かって叫んだ。
「悪いが時間、少し稼げるか!?考えがあるんだ!!」
「了解っ!!…でも、ナルハヤでお願いしまっス!!」
『何をする気か知らんが、面白い。乗ってやる。』
湯取とアグニが、守るように俺の前に出る。
…二体の巨人は、両側から挟み潰すように車輪を振るった。
その一方を湯取が拳で弾き、もう一方をアグニの火炎放射が押し留める。
地面が爆ぜ、凄まじい熱波が吹き荒れた。
「チィッ!あのサイズで何でこんなスピード出るんスかッ!」
『…ぼやいても無駄なことだ。』
湯取に弾かれた巨人は体制を低く変え、袈裟懸けの二連撃を繰り出す…!!
「…あ、やば…」
湯取が捌ききれずに間の抜けた声をあげた、その時——
ガシャン!!
…巨人が大きくたたらを踏み、前のめりに倒れた。
「…え?」
倒れた機人が立ち上がろうと、腕を地面に…そして、また倒れる。
超重量物の落下に床が震える。
何が起こったのか理解出来ず、不思議そうに見つめたその腕の先。
…必殺の車輪が、忽然と消失していた。
「えっ…えぇ!?何が起こったっスか!?」
残されたもう一体も動きを止め、仲間の異常を確認しようと一瞬、視線を逸らす。
…そんな致命的な隙、見逃しはしない。
「…随分と余裕そうだな?…じゃあ、コレは要らないな?」
ガシャン!!
再び、両腕の車輪が霧のように消え去った。
この理解不能な状況に、二体の機人は思考が停止したかのように首をかしげている。
【常闇の外套】を脱ぎ捨て、姿を現す。
俺の足元には、二対四枚の巨大な金属車輪——【虐殺大車輪】が転がっていた。
「ハァ…上手くいって良かったぜ…【鑑定】で見たら、車輪は“装備”扱いみたいだったんでな。…装備なら、俺の【スナッチ】で奪える。」
スキル【スナッチ】——
職業「盗賊」が最初に手に入れるスキル。
相手が所持・装備する物を盗み取る…まさに盗賊の代名詞だ。
その成功率・有効距離は、レベルに依存する…。
…つまり、レベル99の俺が使用した時、成功率は100%。
ま、相手に姿を認識されていない状態でしか使用できないとか、色々条件はあるんだけどな。
…そういった意味では『常闇の外套』は抜群に相性の良いスキルだ。
手に入ってマジでラッキーだったぜ。
『…何をしているのです。奪われたのなら奪い返しなさい。』
プシュパカの言葉に我に返る機人達。だが——
「残念、悪いお手てはこうしちゃうもんね!」
カンキンっ♪
間抜けな音とともに、俺の足元から消失する巨大車輪。
『…消えた?…一体何をしたのです?』
「スキルで売っぱらった。」
『…理解不能。』
赤いレンズが不規則に明滅している。
流石に異世界のスキルは知らなかったか…まぁ、当然だが。
「…マジかあの人…売っちゃったよ…www」
「…おお、11万2千円になった!こりゃ今晩はステーキだな。」
『…ドリアを食えドリアを。』
ドリアはもう飽きた…旅先でくらい旨いものが食いたいんじゃ!!
『…決着は、まだついていません。』
プシュパカの声が響くと、巨人たちは再起動したかのように動き出した。
腕の車輪を喪った機人は、ぎこちなく立ち上がる。
…バランス調整が未だ微妙なのか、若干ふらついている…が、それも時間の問題だろう。
湯取が肩で息をしながらボヤく。
「…まだ終わりじゃないんスか…?武器も無くなったんだし、俺達の勝ちで良いんじゃあ…。」
『あの巨体だ。質量がそのまま武器になる…なら、戦闘続行だろうな。…しかしそうなると、決定打に欠けるな。』
「…問題ナッシング!策はまだ有る!」
こうなったら仕方ない。
…俺は「秘策」を取り出し、湯取に耳打ちする。
「…?わ、分かったっス。」
「よし…アグニ!牽制してくれ!」
返事も無く、アグニの両手から渦巻く火炎放射が放たれる…!?
火力がっ!!焼け死………なないな。
…見た目ほどの熱量じゃない。ちゃんと牽制の役割を果たしてくれているようだ。
この隙に俺も動こう。
戦闘能力が無い分、こういう所で役立たなくちゃな。
…【常闇の外套】を羽織り、再び闇に紛れる。
ブーストによる超加速で、湯取はもう目的地に到着しているようだ。
指示通りに動いてくれれば、そろそろ…。
ガキィィィンン!
甲高い金属音が鳴り響くとほぼ同時に、巨人の片割れが盛大に片足を振り上げ…ズッコケる!
…いや、正確には「片足を宙吊りにされる」…!
(…よし、上手くいった!んじゃ、こっちもやるか…!)
俺は手に持った金属の輪を、眼前の巨人の足首に上下反対にして近づけた。
すると輪が独りでに大きくなり、足首をすっと通り抜けて再び縮小して…。
ガキィィィンン!!
再び甲高い金属音が響く。
そして、先程と寸分変わらぬ光景が繰り返される…!
…二体の巨人は、足首で空中に吊り下げられた。
吊り下げ式のくくり罠…スネアトラップにかかった獲物のように。
「…ほぉ~、実際はこうなるのか。…うん、注意書きはちゃんと守らないとな!」
…まさか、苦汁を飲まされた【フロートリング】が役に立つ日が来るとは…人生、分からないもんだなぁ。
逆さ吊りで暴れる巨人達を尻目に、俺は退避しながら叫ぶ。
「…動きは封じた!退避もした!…アグニ!全力でやっちまえ!!」
『…任されたぞ、有人!!』
そう言ってアグニは、ニヤリと嗤った。
——巻き起こる熱波、視界を埋め尽くす閃光——
…先程までとは比べるのも馬鹿らしいような灼熱のラインが、機人達を貫き、切り裂く。
…ガランガランと崩れ去る轟音の後には、赤熱した機人の足だけが【フロートリング】にぶら下がっていた。
「…お…おっかねぇぇぇ~!アグニ姐さん、マジ古代兵器!!巨〇兵みたいっス!!」
「『薙ぎ払えっ!』ってか?」
『…何だか分からんが馬鹿にされているのは理解した。殺す。』
俺と湯取が新たな命の危機に瀕していると…。
『…戦闘状況、収束確認。
未知の力、未知の技術による制圧を確認。対象の評価を数段階上方修正。』
プシュパカの声が、空間に響く。
『おめでとうございます。【円卓会議】は新たなマスターの就任を歓迎いたします。
——これまでの数々の無礼、なにとぞお許しください。』
機械の祭壇から「カチャリ」と微かな音がすると、祭壇に固定されていたプシュパカが器用に前進する。
…そして、俺に真っ赤なレンズを向けると、その場で頭を垂れた。
『現時刻をもって自立AI「プシュパカ」は、貴方の傘下に降ります。』




