11.ランクA『鋼の墓標』②
何列も並ぶ錆びた列車の山。
その間を縫うように、俺たちは通路を探して歩いていた。
「…あー、また瓦礫の山で塞がってる。…別ルートを探さなきゃダメか。」
進路上に折り重なる車両。
ボロボロの座席や焼け焦げたバッテリーみたいな物、ひしゃげたドアの残骸。そんなゴミが折り重なり、まるで通せんぼしているかのようだ。
クソ…下手に乗り越えようとしたら崩れそうなんだよな…。
「先輩、こっちの車両が通り抜けられそうっスよ!」
湯取がドアが半開きになった車両を指差す。どうやら車両内を通って先に進めそうだ。
…とはいえ、肝心の【盗賊の鼻】はすぐ近くに反応しているというのに、さっきからこんな感じで進行が滞ってばかりだ。
「…これアレじゃないスか。上によじ登って、全体確認した方が早くないっスかね?」
湯取は言うが早いか、窓枠を掴むと器用にスルスルと車両の屋根によじ登っていく。
そして──。
「…ん?…何だこの音…?」
…シャ……シャ……
…ガシャガシャガシャガシャガシャッ!!
重厚な金属音。鉄板が軋み、無数の何かが蠢く音。
列車の影から。屋根の向こうから。車体の下から。
…無数の何かが、俺たちの前に飛び出してきた。
「うわっ!?なんだコイツら!?…ロボット!?」
それは“人間の形を模した何か”だった。
顔は無く、頭の代わりに錆びたスピーカーやひび割れた液晶パネルが体から生えている。
手足や体はパイプやスプリング…その他よく分からん機械で構成され、“とりあえずくっついて動いている”といった雑さがある。
…バランスを取るたびに、パイプが軋み、オイルが滴り、スプリングが不規則に跳ねている。
『ドォ…ア…ガ、シィマ…リマ……ッス……』
『カ…カケコ…ミ……ジョーシャハ……オヤ……メ……クダサ……イ…』
再生された自動音声のような異様な声。
だがその動きは高速で、明らかに敵意をもってこちらへ突進してきている。
「出番だ、アグニ!湯取っ!!」
『…五月蠅い奴らだ。失せろ!』
アグニが掌を掲げた次の瞬間、爆風のような高熱が周囲を吹き抜けた。
突如として生まれた炎のうねりが、機械たちを一瞬で包む。
『ツギ…ハ、シュウテン――…』
赤熱し、火花を散らしながら倒れこむ機械。…だが、後続の襲撃はまだ終わらない。
「【ブースト】!」
湯取の体が光を帯び、次の瞬間には目にも留まらぬ速さで人型機械の懐へと突っ込んでいた。強化された拳が金属の胴体をくの字に折り曲げ、バネのように弾き飛ばす。
「…うおっ、アチチチチッ!!アグニ姉さん、火力高すぎっスって!こっちまで被害くらうっスよ!!」
『ふん、問題あるまい。貴様の防御力も強化されているのであろう?』
「俺が焼け死ぬわ!!抑えて抑えてぇッ!!」
炎、火花、金属音、叫び声が交錯し、ようやく目の前の敵は全て沈黙した。
「…取り合えず、一段落ついたっスか…?」
「…いや、耳を澄ませてみろ…。」
何処かから、徘徊するような「ガシャン…ガシャン…」という無数の足音が響いてくる。
…止まらない。
あの異形の機械たちは、まだまだ奥にひしめいているのか。
「こいつら…よく見りゃ、列車のパーツで出来てる?」
湯取が一体の残骸を蹴って転がす。
パンタグラフ、ライトやメーター、連結器……列車の部品ばかりだ。
「ここが『鋼の墓標』…“廃列車の墓場”だとしたら、こいつらは――“墓守”か?」
思わずそんな言葉が口をついて出た。
「墓守ってよりゾンビみたいっスよ、ビジュアル的に。」
『“動く死体”か。言い得て妙だな。…“死んだもの”が守っているなら、ここには何があるのだ?』
ここは本当に……なんなんだ?
~ ~ ~ ~
…何度目かの襲撃を退け、散らばる機械の残骸を踏み越えながら進み続け。
俺たちは今、車両内で休息をとっていた。
「うぉぉぉ…!全身…筋肉痛がヤバいっス…!!」
座席にへたり込んだ湯取が、腕をプルプル震わせながら呻いている。
「ポーション飲めポーション!回復して次に備えるぞ!」
【ポーション製造機】から回復薬をペットボトルに移し、キャップをして湯取に投げ渡すと、彼は一気にラッパ飲みした。
ここに来て湯取の【ブースト】に弱点が露見した。
どうやら肉体強化には、それなりにキツい反動があるらしい。…というより、生まれたての魔人の体がまだ強化に耐えられてないだけかもしれん。スキルの性能に身体が追いついてない感じだ。
「…効いてきたぁ…生き返る…!」
「筋肉痛ってコトは、体が成長してるって証拠だ。ポーションは成長を妨げないから、ガンガン飲んどけ。」
向こうの世界では騎士団が新人トレーニングの後に、水で薄めたポーションを飲ませていると聞いたことがある。
そんな他愛もないやり取りの最中だった。
唐突に、車両間の扉が開いた。
「…! 新手か…!?」
扉の向こうから現れたのは、今まで見たどの“人型機械”とも違う。
歪さのないフォルム、機能的なシルエット。
姿勢は真っ直ぐで、異音も無くスムーズに動いている。
…まるで“完成品”と呼べるような、そんな雰囲気を纏っていた。
『…ご案内、イタシマス…。』
ボーカロイドのような電子音声と共に、そいつは無言で列車の奥を指差した。
「…なんだコイツ…罠か?」
『面白い。行くぞ貴様ら』
言うが早いか、アグニがズカズカと新型の後を追って行ってしまった。
「おいおいマジかよ!?」
「アグニ姐さん、待ってぇ!」
俺と湯取も慌てて続く。
無言のまま、車両の中を抜けていく。
床に転がるパーツや、壁に残る錆色の痕跡。それでも今通過している車両群は、今まで通ってきた車両より整備された印象を受けた。
「…コイツら、本当に何なんだ?」
ぽつりと漏らした俺の疑問に──意外にも返答があった。
『我々ハ機人──「オートマトン」です…。』
「!?」
…まさか、意思疎通できるタイプの敵がいたとは。
「会話ができるのか? 俺達をどこに連れていく気だ?」
『謁見ノ間ニ……我々ノ神ニ、会ってイタダきマス…。』
神だと……?
疑念と警戒を抱きつつも、アグニが止まらない以上、俺たちも引き返すわけにはいかない。
辿り着いた先は、まるで“神殿”のような空間だった。
左右に聳える巨大な2体の機人。胴体にはディーゼル機関車のエンジン、腕には巨大な車輪をそのまま取り付けたような造形の武装。…明らかに戦闘特化、護衛用とわかる佇まいだ。
そして──
その中央に鎮座していたのは、球体型の機械だった。
金属光沢を放つボディは今まで見た機人とは対照的であり、その中央に光る赤いレンズがじっとこちらを見つめている。
『ようこそいらっしゃいました、原住民の方々──それと…同胞よ。』
「同胞…?」
その言葉が誰を指しているのかは、すぐに分かった。
視線の先に立つ、【焔のアヴァターラ】──アグニ。
こいつは…アグニのことを知っているのか?
俺たちは、ついに“この遺跡の本体”と向き合うことになる。




