1.盗賊、思い出す
とりあえずストックが30話溜まったので投稿!
「捕まえたぜ、この泥棒野郎っ!!」
そんな怒鳴り声と共に、唐突に俺の視界は一回転した。
咄嗟にガードする暇もなく、頬に衝撃が走る。
――どすん、とコンビニの裏路地に尻もちをついて、俺――馬場有人は、訳も分からぬまま口を開いた。
「……ちょ、ちょっと待て、俺は何も盗んでな――」
「とぼけんなよ! 店の前に落ちてた財布、ポケットに突っ込んでたの見たんだぞ! この野郎!」
コワモテの青年が怒りにまかせて詰め寄ってくる。
金髪ツーブロック、唇にピアス。
右の手首には「消えない落書き」がガッツリ入っている。
…言っちゃあ悪いが、見た目に反して正義感が強い青年だ。
だが俺は、本当に心当たりがない。
…なんだ財布って、知らんわ!
「…はぁ。」
殴られた頬が痛い。
…心も痛い。
…理不尽だ。
いや、そもそもが勘違いだ。
…まったく、酷ぇ話だ。
人様から全力で殴られるのなんて、人生で初めてだぜ…。
…ん?初めて…だった…か?
…俺、前にも――
――いやいや、違う。こんな感覚、普通の人生で何度も味わわない。
殴られて、疑われて、疎まれて、誤解されて――
それでも諦めきられなくて、必死で這いずり回って…。
…は?まて、コレ誰の記憶だ?
…泥棒…野郎?
…泥…棒…?
…あれ?
なんか…えらく聞き覚えがあるというか…耳慣れているというか…。
…俺、生まれてこの方、泥棒なんてしたことが無いのに。
なんだコレ…?
『…おい、そいつに近づくな。財布を盗られるぞ。なんせ泥棒野郎だからな。』
…違う。
『…またダンジョンの浅層あさりか?泥棒なら泥棒らしく、牢屋にでも入ってりゃいいのに。』
…違う!
俺は…俺は泥棒なんかじゃ無い!
俺は…!!
「…うそだろ。なんで…今さら、思い出すんだよ…!」
絶賛混乱中の俺の脳裏に、別の人生の記憶が一気に流れ込んできた。
~ ~ ~ ~
俺の名はアルト。
12歳で冒険者ギルドの扉を叩き、冒険者として生き、そして――夢半ばで死んだ男。
職業、盗賊。
…そうだ、俺は前世で盗賊をしていた。
しかも異世界で。
…盗賊と言っても、強盗や殺人なんかの犯罪には手を染めていない。
ゲームなんかでよくある、冒険者の職業としての盗賊だ。
前世のダンジョン探索に、盗賊は欠かせない役割だ。
危険な罠を事前に察知したり、宝箱にかけられた鍵を開錠したり、斥候として偵察を行ったり…。
俺も同年代のパーティーに所属し、日々順調にダンジョン探索に明け暮れていた。
…そう、最初のうちは。
…パーティーメンバーのみんなもそろそろ初心者を卒業という頃、ある致命的な欠陥が明らかになった。
…俺のスキル構成だ。
通常、スキルは職業につくことで習得可能となり、職業レベルとともに新しいスキルを覚える。
…ここで問題なのが、覚えるスキルは人によって多少異なるというコトだった。
通常、職業によって覚えるスキルは大体決まっている。
剣士だったら最初に【強撃】を覚え、職業レベル2~6までに【スラッシュ】【カウンター】などを覚える。
覚えるタイミングに多少の前後はあるが、これが一般的だ。
…だが、稀に通常とは異なったスキルを覚える者がいるのだ。
実例をあげれば、ある剣士はレベル10で【五月雨切り】を覚えた。
これは範囲攻撃の上、複数回HITする珍しいスキルだった。
当然、彼は一躍有名人。あちこちのパーティーからお声がかかり、将来有望だと色目を使う女性もチラホラ。
個人の才能なのか、神の悪戯か…こんなカンジで、スキル構成は人生に大きな影響を与える。
…もちろん、これは良い方に転んだ場合。
俺のスキル構成は、正に神の悪戯だった。
本来レベル5前後で覚える【連撃】を覚えなかった。
…それだけでは無い、レベル9の【ベノムストライク】も、レベル15の【バックスタブ】も。
【ヒュプノスラッシュ】も【パラライズブロー】も【ファントムスラスト】も【スタンスマッシュ】も。
俺は覚えなかった。
理由は分からない。が、何故か俺には攻撃スキルだけが生えてこなかったのだ。
低階層ならまだ良い。
だが、モンスターの質も量も上がってくる中階層からは話が違う。
「攻撃スキルの無い盗賊」なんて、完全にお荷物だ。
最初は気にしない素振りだった仲間達も、階層が進むにつれ俺に対する苛立ちを隠しきれなくなっていき…最終的にはパーティーから切り捨てられた。
その後も新しいパーティーに入っては切り捨てられを幾度となく繰り返し…いつしか俺は、誰とも組まなくなっていた。
「攻撃スキルが無い盗賊なんて、ただの泥棒と変わらない」と言ったのは、最後に組んだパーティーのリーダーだったかな…。
しかも冒険者ギルド内で言い捨てられたもんだから、タチの悪い冒険者からはその後「泥棒野郎」とからかわれる始末。
…一人になった後も、俺は諦めなかった。
浅い階層で日銭を稼ぎつつ、職業レベルを上げ続けた。
そしてある日、ついに…。
俺の職業レベルは、99になった。
これは人類が到達可能なレベルの最大値。そう、カンストしたのだ。
…攻撃スキルは覚えなかった。
最後の最後まで諦めきれなかった俺の夢は、潰えた。
…俺は、冒険者を引退した。
…それから数十年、張り合いの無い毎日をただ過ごし…最後は一人孤独に、ベッドの上で老衰。
…ああ、思い出しちまった。
俺は、後悔しながら死んだんだった。
「どうせ死ぬなら、ダンジョンで死にたかった。」
「誰も見たことが無いような財宝を手に入れたかった。」
「…奴等を、見返してやりたかった。」
~ ~ ~ ~
「…っと、なんか泣けてきたわ。前世の俺、あんまりにも哀れすぎじゃね?」
人目もはばからず涙を流す俺を、厳つい青年はまだ睨みつけている。
と、その時。
「…おい! そいつじゃない! 泥棒はさっき警察が捕まえたぞ!」
コンビニの方から走ってきた、別の男が叫ぶ。
「…はぁ?」
睨みつけていた青年が顔をしかめる。そいつの目が俺を一瞥すると一言、
「……ちっ、紛らわしい恰好しやがって!」
…そう捨て台詞を吐いて、去って行った。
俺の頬にはまだ、理不尽パンチの火照りが残っていた。
謝罪の言葉は、一つもなかった。
「…畜生、痛ぇ。ひどい目にあった…。」
そう一人つぶやきながら、俺は殴られた自身の頬を擦る。
…前世、か。
まさかこんなことで思い出すなんてな。
…スキルって、こっちの世界でも使えたりするのかな?
…いやいや、流石にそれは無いか。
…ちょっとだけ、一回だけテストしてみようかな。
俺は持っていた買い物袋からペットボトルを取り出す。
使うのは、もはや異世界モノ定番のアレだ。
「ええっと…【鑑定】っと。」
【ミネラルウォーター】
飲用:可(中軟水)
大量に摂取するとミネラルの過剰摂取により、内臓に負担がかかる場合があるので注意。
…うん、問題無く使えるな。
…使えちゃうんだ?
…どうすんだコレ。
…どうやらスキルの使用感は、向こうと変わらないみたいだけど…。
俺は自分自身にも【鑑定】を使ってみる。
【馬場 有人】24歳
職業:盗賊 レベル:99
居酒屋チェーン『鳥魔族』アルバイト。
職業スキル:【スナッチ】【解錠】【直感】【侵入】【鑑定】【換金】
【財宝検知】【盗賊の鼻】【罠感知】【危険察知】…
…なんてこった、「職業:盗賊」って書いてある…!
…フリーターから盗賊に転職…いや、復職しちまった…逮捕不可避っ…!!
…レベルもスキルも、前世のまんまだ。
今世でも俺は攻撃スキルとは縁が無いのか…。
スキル一覧に並んだスキルは、確かに前世で見慣れたもの。
…まぁ、こっちの世界にはそもそもダンジョンなんてもんが無いからな。
攻撃スキルなんて、あっても無用の長物だ。
…無いよな?俺が知らないだけで、実は存在してましたとか…流石に無いか…。
…ん?ダンジョンが無い…?
…ってことは…。
「…あれ?これって…財宝探し放題じゃね?」
あっちの世界では、財宝といえば主にダンジョン産が当たり前だった。
金銀や宝石、魔剣や聖剣、魔法の武具…それに、数々の魔道具。
これらの財宝は、ダンジョンが冒険者を奥深くへ招き入れるために生み出すと言われていた。
そうしてまんまと入ってきた冒険者は、ダンジョンが生み出したモンスターや罠によって殺され…。
死体はダンジョンの養分として吸収される。
だが、こっちの世界ではどうか。
こちらで財宝といえば、埋蔵金、海賊の宝、それに…古代遺跡に眠る秘宝とかか?
…ってことは、つまり…。
「…攻撃スキルが、必要無い…!!」
…マジか。
…なっちゃう?狙っちゃうかコレ?
…億万長者。
幸いなことに、俺には攻撃スキルの代わりに覚えた数多くの非攻撃性盗賊スキルがある。
…とりあえず、何かを決めるのはこっちの世界でも十全にスキルが使えるのか試してからだな。
…そうだ、あのスキルを使ってみよう!
え~と…地図が必要なんだけれど…スマホのでもイケるのかな?
俺はポケットからスマホを取り出し、地図アプリを起動させる。
標示させるのは日本地図。細かい地域の指定はしない。
…さて…。
「頼む…上手くいってくれよ…!【財宝検知】っ!!」
俺がスキルを使用すると、スマホの画面が激しく輝きだす。
そして…その光が納まると、地図上には大小様々なサイズの光点が標示されていた。
光点をタップすると新たにウインドウがポップアップし、詳細が表示される。
都市部の謎の地下構造、山岳の断層、干上がった湖の底、古地図では存在した寺院跡の一角…。
いずれも、現在は誰にも知られておらず、公的な記録にも存在しない“未発見の宝”だ。
…なんだコレ…俺の知ってる【財宝検知】と違う…。
前世の【財宝検知】は、所持する地図上に未発見の財宝を表示するスキルだった。
検知範囲は地図の精度に、検知感度は盗賊レベルに比例する。
…地図アプリが精細だったからか?確かに前世の手書き地図と比べれば雲泥の差だろうが…。
それにしたって進化しすぎだろ、何だよポップアップウインドウって!
…財宝…この光点が全部…未発見の…?
…こんなに…眠っていたのか。
…なんてこった…世界は、驚きに満ちてやがった!!
そして――
画面は自動でズームし、俺の現在地、郊外の一角へとフォーカスしていく。
その先に映し出されたのは、ここから数十分ほど離れた場所にある、寂れた寺院の一画だった。
そこは地元の人以外ほとんど訪れない、ほぼ忘れ去られた存在だ。
その寺院のある地点に、赤い点滅がひとつだけ浮かんでいる。
…この光点、デカい。関東に表示されていた光点の中でも最大クラスだ。
(……こんな場所に? …寺の所有物とかじゃ無く?)
俺の【財宝検知】に引っかかるのは、『未発見の財宝』のみだ。
…そうじゃなけりゃ、手当たり次第に財宝が引っかかっちまうからな。
…と、いうことは。
こんな近場に、偶々、偶然に。
未だ手つかずの財宝が眠っている…そういうことだ。




