第16話 神札『塔』
最初はなんの冗談かと思った。
仕事柄、変な物や不思議な物を目にする機会は多いけど、この神札と言う奴はとびっきりだ。
しげしげと観察するものの、そんなに大層な代物には見えない。
いや、ただならぬ魔力は感じるから、ただのカードじゃ無いのは分かるけど。
ボクに降った啓示は神札『塔』。
表面には雷に打たれ崩れ落ちる塔と、逃げ惑うボクらしき人物が描かれている。
大アルカナとしての意味も、正位置逆位置共にロクなもんじゃなかった気がするんだけど!
何故ボクはここでもそんな扱いなのか。
ボクの扱いに遺憾の意を表する!
……まぁ、いいや。
文句言っても仕方がないし。
抗議しても受け入れられないのならば、諦めて今後どうするか考えた方がなんぼかマシだ。
『ヒトは配られたカードで勝負するしかないのだ、例えそれがどんな手だろうと』
ボクの掲げる、数少ない人生哲学だ。
まぁ、教官からの受け売りなんだけど。
他にも『頼んだご飯は残さず全部食べる』とか『出されたご飯は美味しくなくても全部食べる』とかがあります!
ボク、喰ってばっかりだな!
しかし、「なんでも願いが叶う」か。
幾つか願い事のような物はあるが、金で何とかなる願いは除外してもいいだろう。
となると《《アレ》》かなあ……?
でも、どういう状態を「願いが叶った」と言うのか。
一瞬でも「叶った」らオッケーなのか、それとも継続的なものなのか。
昔話でこういう「願いが叶う」系のは、大抵の場合「願いが曲解された感じで叶う」、若しくは「願いは叶ったけど、幸せにはなれなかった」パターンが多い気がする。
あとは「やっぱり叶いませんでした」もあるな。
なんにせよ、「簡単な解決方法に飛びついたら碌な結果にならないよ」という昔の人からのありがたい戒めの言葉である。
……でも、だからと言って無視するのも勿体無い気がする。
折角の機会なのだ、活かさない手はない。
最悪、「お金一杯欲しい」でも有りなんじゃないか?
お金は大事だよ、馬鹿にしちゃいけない。
ヒトはお金の為に命を懸けるし、ヒトの命を救うのにもお金がかかるのだ。
だから、お金を欲しいという気持ちに後ろめたさを感じる必要は無いとボクは思っている。
ま、限度ってモノはあるけどね?
金は人生の指針たりえないが、人生を潤すには必要な物だと思う。
……ふむ。
タロットならば全部で22枚あった筈だから、集めるのは少々骨だ。
が。
特に期限の指定もなかったし、コツコツ集めればいいのでは?
ちょっと大きな仕事を熟して懐には余裕もあるし、無理しない程度に頑張ってみるのは有りかもしれない。
万が一上手く行けば、今後仕事の量を減らす事もできるだろうし。
それに、集め方の指定もなかった。
もし「殺して奪え」だったならば、きっとボクは集めようと思わなかっただろう。
怖いし。
結果として相手が死ぬのならともかく、直接手を下すのは嫌だね、ボクは。
ご飯が美味しくなくなるからね。
だが、忍者たるボクは「盗み」ならば少々自信がある。
寝ている所に忍び込み、コッソリ奪えるのなら?
そう、例えば薬で眠らせてしまえば多少荒っぽくともバレないのでは?
色々頭の中でシミュレーションしてみる。
……実験は必要だけど、やり方次第ではかなり良い所まで行きそうだ。
俄然やる気が出て来たぞう!!
ボクはニヤつく頬を抑え、便座から立ち上がった。
ぱさりと下着とズボンがストンと落ちたので慌てて引っ張り上げて履く。
うん、トイレ中だったんだ……。
もうちょいなんとかならんかったの、神様。
翌日から早速ボクは動き始めた。
仕事で培った人脈を使い、情報を集め始めたのだ。
どんな情報かと言うと、「啓示が降りた日以降、周辺の町で起きた不思議な出来事について」だ。
この神札とかいうブツには不思議な力がある。
試しに使ってみたけど、それは魔術でも再現できないような不思議な不思議な力だった。
常用するような力ではないが、間違いなくボクの切り札になるだろう。
例えば魔術師が魔術を使ったのなら、それは不思議でも何でもない。
使用した本人も「何が起きるか」予想して使うから、余程の馬鹿でもない限り安全マージンというか、他人に迷惑を掛けないようにして使うものだ。
しかし、翻ってこの神札という奴はどうだろうか。
「なんとなく使ったらこうなる」というイメージは浮かぶのだが、その規模などがいまいち判別できない。
つまり、「試しに使ってみたら予想外のトラブルが起きる」可能性が極めて高い。
ボクみたいに用心深い人間ならともかく(えへん)、神札を手に入れた人間が全員そうである訳がない。
人は結構賢いが、それ以上に馬鹿で考え無しなのだ。
それなりの人間を見てきたボクの正直な感想だ。
ボクの予想通り、それまで起きたことが無い様な《《事件》》が各地で発生したという情報が多数舞い込んできた。
なりふり構わず集めたのでかなりノイズの混じった情報だったが、確度の高いものを選び精査した。
この辺りの技術も前の職場で身につけたものだ。
ありがとう、『梟』。
空振りもあったが、数件目で保持者を見つけた。
予想外のトラブルもあったが、食事に薬を盛り神札の奪取に成功した。
まぁ、眠った《《彼》》で色々実験した結果、分かったのはその奪取方法だ。
『相手の身体に触れ、対象の神札の大アルカナを唱えれば奪える』
大戦果だ。
必要な情報と取るべき手段が分かったのだ。
まぁ、殺してしまえば相手の神札が何か分からなくてもいいんだろうけど。
多分、ボクの取る手段の方が「裏技」なんだろう。
でも、必要もないのに命を奪うのもちょっとね?
あと、流石に無料でもらっていくのもあんまりだと思うから、金貨3枚を枕元に置いておいた。
ボクのお値段と同じ金額で許してほしい。
まぁ、こういう事するせいでボクは「金貨三枚の幻」とか呼ばれてるんだけど。
割と気に入ってはいる。
ボクは神札奪取成功に自信を深め、あっという間に数枚集めることが出来た。
簡単に言ってはいるがそれなりに苦労はしたよ?
だけど、その苦労は所有者の割り出しにかかる部分がほとんどで、奪うこと自体は非常に簡単だった。
まだ断言はできないものの、神札に選ばれた人間は「強い力」を持つ傾向があるように感じられる。
まぁ、その力は恐らく「戦闘力」に限らず、「権力」や「人脈」なども含むのだが。
このことから、ボクらに神札を授けた「神様」は争いが起きる事を期待しているに違いない。
ふふふ、だけど残念。
この感じだと全てボクが頂いちゃう。
力ある存在からどうやってそんなに簡単に奪えるのかって?
あはははははは! どれだけ力ある存在だろうと相手は人間だ。
ご飯も食べる、睡眠もとる、当たり前だけどトイレにもいく。
そんな人間から神札を奪う事など、このボクにとっちゃ造作もないことだ。
人間は四六時中警戒は出来ないし、なにより《《ボクという鬼札の存在を知らない》》!
知らなければ警戒もできないよねぇ~?
正直、いつもの仕事……常に懐にある書類を盗み取れとか、そういった面倒な仕事の方がずっと大変だ。
その日、首尾よく神札の奪取を終えたボクは、情報の整理と休息を取るために最寄りの町のセーフルームに身を寄せた。
なんとそこで、偶然にもリストにない神札保持者を見つけたのだ。
何という幸運!
ボクの人生でここまで上手く行った事があっただろうか!?
いや、無い!(反語)
マジでないから困る!
もしかしたら、ボクの時代来てる!?
願い、叶えちゃう!?
見つけた切っ掛けは、休息していたセーフルームの近くで突然火事が起きた事だった。
辺りには住人も居ない事も確認済みだったんでものすごく焦ったが、しょせんスラムであるからヤク中による理由のない放火も0ではない。
慌てて身の回りの品を空間拡張鞄に仕舞い込んで脱出したんだけど、このセーフルームはそれなりに物資が充実した場所で……。
《《破壊工作用の火薬》》とかあったんだよね。
勿論、引火して大爆発!
あぁ、ボクのセーフルームが……快適な場所が……。
結構お金と労力をかけてんだぞ! ガッデム!
と、近くの屋根の上で嘆いていたのだが、なんとボクの持つ神札が反応した。
しかも、今までに無いくらい強く。
もしかして、《《複数枚持ってる奴が近くにいる》》!?
ラッキー!
やっぱり、来てるよボクの時代!
そう思って視線が通る場所を探し、何かあってもすぐに逃げられる距離でその方向を観察した。
いた。
大男と女の子の二人が派手にやり合っている。
多分あの二人が神札保持者だ。
やり合ってるなら争奪戦が起きてるって事かなー。
火事の原因もきっと彼らだろう、なんとも迷惑な話だ。
遠くから観察されているとも知らず、二人の争いは続いている。
女の子は剣、男は……素手?
ボクは戦闘に関しては正直自信がないのだけれど、もしあの大男が無手で剣を捌いているのならかなりの実力差があると見た。
武器ありと武器なしはそれだけ違うのだ。
他人事のように観察していると、急に女の子の動きの質が変わった。
まるで身体能力が強化されたような……あ! 神札使ったのか!
淀みなく使用したところを見るに、それなりに訓練を積んでいるのだろう。
ふーん、正面からぶつかるなら単純な分、対処が難しい能力だなー。
多分スピードでも勝てない。
神札の絵柄は何なんだろ、見当もつかない。
ま、でもボクという存在に気付いていないなら、いくらでもやりようはある。
情報を集め外堀を埋め、推測する。
それはいつもやっている事だ。
それより、大男の方も使わないかな……出来るだけ情報を得ておきたいのだけど。
そんなボクの願いもむなしく、女の子の剣が大男にへし折られてしまい決着がついた。
怪我らしい怪我もなく武器破壊か……あれは相当の強者だな。
やだなー、あーゆーやつは凄く勘もいいんだよねぇー。
とにかくこれで女の子の神札は大男が手に入れる訳か。
……彼女の行く末がどうなるかは考えないようにする。
ま、ボクのやることは決まっている。
あの大男を尾行して正体を探り、情報収集する!
どれだけの強者であろうと、絶対無敵の存在は居ない。
きっと弱点はどこかにあるだろう。
ボクはそれを見つけてこっそり奪えばいいだけ。
あ、そうだ!
良いこと思いついた!
アイツに集めさせて、ボクがごっそり奪うってのはどうだろう?
これならボクの手を汚すことなく、効率よく集めることが出来るんじゃない?
やばい、今日のボクってば冴えてる!
あれだけの強者なら、きっとかなりの枚数集めてくれるはず。
ふふふのふ、賢い奴が勝つのがこの世の理よ。
弱肉強食は世の習い!
……焼肉定食食べたくなってきた、今夜の献立は決まったな。
ボクはほくそ笑み、何故か連れだって歩き始めた二人を尾行し始めたのだった。
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そしてボクは今、ぐるぐる巻きにされて床に転がってます……。