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セラフィナが送ってきた手紙に記された茶会の日程は一か月後。十分に時間があった。もともと開催が決まっていたものだろう。
「帝国からお持ちになったドレスで参加されないのですか」
「うーん、あれ全部彼が選んだものでしょ。そのドレスもいいんだけど、汚されても嫌だし、気に入ってるし、気に入ってるものを着て行って後から嫌なこと思い出すのも嫌なのよ」
「ははぁ、なるほど。急ぎで対応してくれる仕立て屋があって良かったですね」
ケントはエレインの返事を聞いてからニヤニヤしている。それがエレインは気に入らず扇でケントの口元をつついた。
「お父様やお兄様が使っていらっしゃるところだから。既製品なんて着て行ったらそれだけで嫌味をちくちく言われそうだわ」
「エレイン様のお兄様にはまだお会いできませんね」
「お父様の代わりに領地に行っているもの。すぐ会えるわよ。どこか寄って帰る?」
仕立て屋で用事を済ませて二人は店を出る。
「正直、帝国より活気がありませんね」
「人口も国の規模も違うんだから当たり前でしょ。比較しないの」
「何か特産品はありますか。イライアスなら気にするでしょうから」
「イライアスなら学園で調べた帰りにぶらぶらしていそうだわ」
話しながら通りを歩いていると、ケントが背をかがめてきた。
「エレイン様。尾行されています」
「え?」
「それも一人や二人ではなく複数」
「セラフィナかしら」
「他に恨みは買っていませんか? 治癒ベッド関連かもしれません」
「あら、どっちか分からないわ。吐いてもらわないと」
「では撒くのではなく捕えますか」
「えぇ、何度も来られても迷惑だもの。細い道に入りましょう」
大通りからそれて細い道に入る。
「どう?」
「ついてきていますね」
「そんなにハッキリ分かるの。素人なのかしら」
「どんなプロでも俺が気配を見逃すはずがありません」
ふぅん、そんなものかとエレインはあまり気に留めなかった。
ケントはもともと彼の護衛で、エレインが彼に会いに行くとケントも大抵彼の後ろに控えていた。でも、他の護衛を連れている時もよくあったし彼の護衛を務める者は皆腕が立つ。今回のエレインの帰国にケントをなかば無理矢理つけたのは、ケントがまだ若く既婚者ではないからだろう。
「来ます」
細い道をどんどん進んでいき人通りが途絶えたところでやっと尾行者が姿を現した。すでに取り囲まれている。
「何か御用かしら」
フード付きのマントをかぶっている面々の中のリーダー格にエレインは堂々と聞く。ケントは剣に手をかけていた。
「エレイン・パンデミリオンはあんたか?」
「えぇ、そうよ。髪ですぐ分かるでしょう?」
呑気に会話をするなんて、帝国の暗殺者ならすぐ息の根を止めに来ているのに。それとも母国を離れすぎてエレイン・パンデミリオンの人相が暗殺者でも分からないのだろうか。
囲まれてもそんな余裕を持つほどにエレインは帝国慣れしすぎていた。
「身代金目当て? 他のものかしら? 命とか? あぁ、私の首?」
目をそらさないままリーダー格の男にエレインは話し続ける。
「ケント、ステイよ。ねぇ、依頼主を吐いてくれたら二倍の料金を払うわ。どうかしら」
フードをかぶった者たちはチラチラ視線をかわし合い、交渉には乗らないと判断したようだ。十人が一斉に武器を取り出す。
「ケント、ステイ。私がやるわ」
「分かりました」
エレインは細長いしっかりした紙を取り出した。ケントは不服そうにしながらも剣から片手を放さず、もう片手で両目を覆った。
眩しいほどの白い光が周囲を包む。
「ぐあっ」
「おい、目が!」
「目が見えない!」
「ケント、依頼主を吐かせるわ」
「はい」
目が見えず、のたうち回ったり手探りで逃げようとしたりする者たちの中から先ほど言葉を交わした男をケントは引っ張ってくる。男は目が見えないためキョロキョロしていて、焦点が合わない。
「依頼主は誰かしら」
「い、一体何をした!」
「簡単よ。さっきのお札に治癒魔法が付与してあったの。治癒魔法って出力間違うと大変なことになるのよ。失明するしね」
「失明!? 依頼主を吐けば治してくれるのか!」
「あなたの態度次第ね」
その言葉とともにケントが男の肩を外す。訓練を受けているのか男は悲鳴を上げなかった。骨折よりも失明の方が問題だからかもしれない。
「失明の上、両腕骨折とかどうかしら。足でもいいけれど」
エレインは笑みまで浮かべて偉そうに立ったままで、ケントが男を押さえつけながら足に手を伸ばす。
「エ、エジャートンだ。依頼主は!」
「あら、本当なの?」
「本当だ! 紋章も見せられたし、確認のため尾行もした」
「ふぅん。じゃあ、依頼主にこう伝えて。『回りくどいやり方はしないように』と。ケント、行くわよ」
「はい」
「待ってくれ! 目は! 目はどうなるんだ!」
「依頼主に聞いてくれたらいいわよ。ケント、人が来ると面倒だわ」
エレインはケントを連れてその場を後にする。
「あの男の話は本当でしょうか」
「エジャートン男爵家ってそこまで裕福じゃないでしょう? レベルは低かったけどあの暗殺者の人数を雇えるかしらね」
「それでは、まさか……」
「そっちの可能性の方が高いわ。買い物の気分でもないし帰りましょうか」
「はい。やはりエレイン様は荒々しい時が一番魅力的です」
「今日は殴ったり蹴ったりしていないわ」
「失明させて笑顔で依頼主を吐かせるなんて主が聞いたら喜びますよ」
「それを変態って言うの」