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「帰国してすぐ葬儀に乗り込むとは……」
「全員引いていましたね」
「葬儀であれほど注目されるのは初めてだ」
「僕もそれは同感」
黒髪の背の高い男が呆れたように言い、赤毛の細身の男は同調する。
ここはパンデミリオン侯爵家のエレインの部屋だ。エレインにとっては久しぶりの実家である。
エレインは家族との再会の挨拶もそこそこに書類や手紙を確認しており、二人は後ろからその様子を眺めている。
「文句ばかり言うなら帝国に帰ったら?」
傍から見れば深紅の見事な髪の美女に二人の男が侍っている形だ。二人の決してエレインの横に並ばない立ち位置や表情を見ても力関係がよく分かる。
「それはなりません。俺はエレイン様の護衛です」
「えぇ、僕たちは主の命令でエレイン様に同行したわけですから」
「じゃあ文句は言わないで頂戴。うるさくって迷惑」
ばっさりである。後ろにいた二人は顔を見合わせて諦めた様子だ。
「主もどうしてこんな女性がいいのでしょうか」
「仕方がない。惚れた方が負けというだろう」
「イライアスはマリン・エジャートン男爵令嬢の情報を集めてくれない? セラフィナのことはよく知っているんだけど、このマリンって子は知らないの」
エレインは赤毛の細身の男を呼ぶと早速仕事を頼む。赤毛のイライアスは肩をすくめながら頷いた。
「この方があの伯爵令嬢が亡くなった件の首謀者ですか?」
「そうね。思惑がいろいろ絡んでそうだから首謀者とも言えないけど、関与があるのは確かだから。あとはこの他国からの手紙、治癒ベッドについてなの。帝国に商品化の進捗を確認しといてちょうだい」
「情報が早い貴族もいるのですね。分かりました」
「帝国に近い国の貴族からよ。ベッドってことまでは分かってないみたいだけど。治癒に関する何かの商品を開発したっていうのはもう知られてるみたいね」
「帝国に近いなら情報は手に入りやすいでしょう。それにしてもエレイン様のご実家に手紙を送ってくるとは図々しいのかやり手なのか」
「身内に難病の人がいて常に情報を仕入れてるのかもしれないじゃない」
エレインは手紙を渡すと、伸びをして立ち上がった。上着を手に取ったので黒髪の男が素早く反応して着るのを手伝う。
「エレイン様、外出ですか。俺は何をすれば」
「ケントは私と一緒に来てちょうだい。さっきの教会にもう一度行くわ」
「教会に? もう日が暮れます」
黒髪のケントもイライアスも訳が分からないという表情をしている。二人同時に首をかしげているが、お互い逆方向に首を動かしているので鏡合わせのようで面白い。
「だからいいんじゃないの。あなた、幽霊を信じるタイプじゃないわよね?」
「信じておりません。俺が信じるのは主だけです」
「じゃあ怖がらなくっていいわ。クラリスを迎えに行かなくっちゃ」
「まさか亡骸に再度会いに行くので?」
「そんなものね。怖いなら来なくていいけど」
エレインが手をひらひら振りながら部屋を出るので、ケントもイライアスも慌てて後を追った。
階段を下りて玄関ホールに向かう途中で、目を引く肖像画を二人は視界に入れて反応した。
「もしかして、この肖像画の女性は」
「エレイン様のお母様ですか」
肖像画の中の、目の色以外エレインそっくりの夫人を見上げて二人は感嘆符がつきそうな声を上げている。この肖像画を目にすると、エレインでも自分の未来の姿を見ている気分に陥るのだ。
「そうよ、亡くなった母よ」
「エレイン様は侯爵夫人にそっくりですね」
「あぁ、本当に」
亡くなったと聞いてそれきり黙った二人にエレインは振り返って微笑みかけた。
「そんなに気を遣わないで。母が亡くなったのはもう十何年も前よ。さすがにこの年でピィピィ泣いたりしないわ」
「エレイン様に泣かれますと主に殺される未来しかありませんので、それだけはご容赦ください」
「エレイン様、僕は明日以降学園で情報を集めますので準備をしておきます」
「そうね、マリンは学園に在籍しているからそこからかしら。よろしくね」
「存在しない姪が留学希望だなんだとでっちあげます」
一瞬おかしな空気になったものの、すぐにキビキビとした会話に仕切り直した。三人のうち二人は夕暮れの中、馬車に乗り込んだ。