プロローグ2
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エレイン・パンデミリオン侯爵令嬢帰国の知らせは葬儀の後、瞬く間に広まった。葬儀の参列者は葬儀内容よりも彼女の様子を語っていたという。
その知らせは王太子ザカライア・グレナディンの元にも届いた。いつものように報告を聞いていた王太子はその知らせにだけ顔を上げた。
「本当なのか」
「は、はい」
確認されるような内容だと思っていなかった侍従は狼狽える。
「いつまで?」
「はい?」
「いつまでこの国にいるんだ?」
「正確には分かっておりませんが。帝国の学園の長期休み期間ではありませんのでもしかすると慌てて帰国されたかもしれません。あるいは、これはまだ確認しておりませんがどうやらパンデミリオン侯爵令嬢は学園の早期卒業を認められたというウワサも」
「それは……素晴らしいな」
「はい。なんといっても画期的な治癒の魔道具を開発されたそうですから」
「そうだったな。彼女は母親を病気で幼いころに亡くしているから、帝国に留学したんだったな」
一介の侯爵令嬢に対して気にかけすぎているセリフだ。
「しかし、パンデミリオン侯爵令嬢とあのジェンキンス伯爵令嬢が友人だったとは知りませんでした。帰国してすぐに葬儀に参加するほどとは。もしかすると葬儀のために戻ってきたのでしょうか」
側近の令息が口を挟む。
「あぁ、そうだな」
王太子はそんなことどうでもいいとでも言いたげな返事で、どこか物憂げな表情を浮かべている。
「パンデミリオン侯爵令嬢はお見掛けしたことがありません」
可愛らしい声が部屋に響く。声が確かに可愛らしいが、声を発した彼女は王太子のいつもとは違う態度を敏感に感じ取っていた。
「マリンは知らないのか。パンデミリオン侯爵令嬢は十歳に満たないころから帝国に留学しているからそれもそうだな」
「そんなに幼い頃からですか。留学って羨ましいです」
男性に囲まれて目を輝かせるのはマリン・エジャートン男爵令嬢。エジャートン男爵家の庶子で、学園入学前に男爵家に引き取られた令嬢だ。
王太子の側近として行動を共にしており距離は弁えているものの婚約者よりも長い時間一緒にいるので、本当は恋人ではないか、あるいは愛妾候補かなどとも周囲からは言われている。
彼女は成績こそ良くはないが、市井で育ったことを武器に王太子に取り入った。王太子はマリンからの情報をもとに視察を行い、福祉や教育について改革案を提出している最中だ。マリンも王太子にべたべたするなどというはしたない真似は一度もしていない。しかし、事実がどうであれ王太子に女性の側近とは憶測を呼ぶものである。
「それよりマリン。骨折の具合はどうだ。辛いなら休んだ方が」
「これくらいのことで学園や殿下のお仕事を休むなんてできませんよ。学費を払ってもらってますし、私みたいな人間でも教育を受けられる機会は増やしたいんです」
「それにしてもジェンキンス伯爵令嬢が自死するとは」
「おい、マリンが責任を感じてるから言うんじゃない」
「私は大丈夫です。側近に女性って珍しいから仕方ありません。しかも私は男爵令嬢ですから身に余る光栄です」
側近たちがちょっとした言い争いを起こしかけた。マリン以外は全員男性だ。
「でも、びっくりしました。ジェンキンス様からは私、何も嫌味なんて言われたことなかったのに。どうしてあんなことを……」
健気な女性に見えるようにマリンは悲しそうに目を伏せる。彼女の片足には痛々しくギブスが巻かれていた。階段から突き落とされた時の怪我だ。
「マリンが考える必要はないだろう」
「突き落とした相手も見てないんだろ?」
「はい」
マリンはちらりと王太子に視線を向ける。王太子は側近たちの会話など聞いていないようにぼんやりして何かに思いを馳せていた。マリンは紅茶に口をつけるフリをしながらぐっと唇を噛んだ。
***
「そう。あの女が帰ってきたの」
花瓶に生けてある赤いバラの花をいじりながら、セラフィナ・アーバスノット公爵令嬢は知らせに頷いた。そして使用人を下がらせる。
「思ったより早かったわね。あの伯爵令嬢を追い詰めたら帰ってくるとは思っていたけど。まさかこんなに早いとは」
王太子の婚約者で完璧な公爵令嬢。それが彼女セラフィナ・アーバスノットの評判だ。
「でも帝国で成果を上げて帰国するなんて誤算だわ。治癒のベッドですって? そんなのみんな群がるに決まってるじゃない」
いじっていた赤いバラをぐしゃりと潰す。そのまま花瓶に生けてある赤いバラを次々に潰していく。
「これじゃあまたザカライア様があの女を婚約者にするなんて言い出すじゃないの。ザカライア様は幼いころからあの女にご執心だったわ。今更留学先から帰ってきたところで私の敵ではないと思っていたのにあんな成果を引っ提げて帰ってくるなんて」
赤いバラの花弁がテーブルの上に次々と落ちる。
「エレイン・パンデミリオン。なんて邪魔な女。あの生意気にもザカライア様に侍っている男爵令嬢と一緒に今度こそ消してやるわ。ザカライア様は私のものなんだから」
最後の赤いバラをセラフィナは一番力を込めて潰した。