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「やめておいた方がいいのに」
目の前で落とされた声にマリンは飲み干したカップを置いた。
先ほど王太子を一度は制止した側近が心配そうに窓の外を見ている。マリンは嫌だったが気になるので、ゆっくり窓の外を見た。
愛とか恋とか別にして、狙っている男が好意を目にありありと乗せて出て行ったのだ。あの様子を見てどうしてそれ以上見ようと思えるだろうか。見た方がいいのは分かっている。でも、見たくはない。
眼下では王太子が三人に追いついたところだった。
彼は何事か呼びかけて、イライアスがにこやかに前に出てきている。上から見ていると、王太子をエレインに近付けないようにしているようだ。
「どうして、やめておいた方がいいんですか?」
側近である伯爵令息はやや苦し気な表情で無言で窓の外を示す。
エレインと黒髪の男は形ばかりの礼を執ったものの、さっさと立ち去ろうとしていた。イライアスが王太子を足止めしている。自国民からしたらあり得ない対応だ。それかよほどタイミングが悪かったのか。
「どう見ても殿下は嫌われてるだろ」
王太子がエレインを追って右に行こうとしたらイライアスが右に出て進路をふさぐ。左も同様。イライアスの表情しか見えないが、彼はずっとヘラヘラ笑っている。
「パンデミリオン侯爵令嬢は王太子殿下のことがお嫌いなんですか?」
「あんなことがあればな……留学に行かれて会うことがなくなってもう殿下は諦めたかと思ってたのに。殿下は幼いころから相変わらずパンデミリオン侯爵令嬢に執着してる」
質問の答えになっていないが答えづらそうな表情を見ればおのずと分かるものだ。マリンはうっかり上がりそうになる頬と口角に慌てて力をこめ、窓の外に顔を向けた。
それならエレインはマリンの敵ではない。
ずっと後頭部しか見えなかったエレインが振り返った。イライアスを呼んでいるようだ。そして、王太子に何か声をかけるとイライアスと黒髪の男を伴ってさっさと歩いていく。
「な、分かっただろ。留学前もパンデミリオン侯爵令嬢は殿下を見たら即逃げていた。今もそれは変わらない。殿下の完全な片想いだ。というかマリン、顔色が悪いぞ? 疲れたか?」
空中で止まった王太子の手がゆっくり下ろされるのを確認してから、マリンは伯爵令息に向き直った。
「いえ、殿下にあまりに失礼な態度だったので……びっくりしてしまって」
「だが、帝国民なら許される。帝国は強大だから」
「パンデミリオン侯爵令嬢はグレナディン王国民ではないのですか?」
「まぁそうだけど……殿下が一方的に追いかけ回してたから。それに彼女の地位はこれからどこの国でも上がるだろう」
会話を続けていると寂しそうな笑みを浮かべた王太子が戻ってきた。側近たちもマリンも特に何も聞かず、そのまま解散となる。
セラフィナ・アーバスノットは華やかな美人だ。金髪に青い目でどこからどう見ても貴族のご令嬢である。お金をかけられ可愛がられ、お金の心配も薬の心配も何一つしたことがないであろう。
性格は別にして花にたとえれば……ユリだろうか。性格込みでも黒いユリか。
でも、さっき見たエレイン・パンデミリオンは……。彼女も美人だった。髪色が深紅で派手なのできつめに見える、芯のある美人。王太子を平気で袖にして、男を二人も従えていたのにそれがうっかり普通だと思えてしまう。とげとげしいバラみたいな女。
彼女も母親をゾズラン風邪で亡くしているはず。それなのになぜマリンとはこうも違うのか。胸の中にどす黒いものがモヤモヤしてくる。
セラフィナを初めて見た時、激しく嫉妬した。どうしてこの女だけこんなに恵まれているのかと。ほんの少しでもマリンに施してくれたらよかったのに、と。
エレインに対しても同じだが、セラフィナへの嫉妬とは少し種類が違う。
「なんで、あんなに輝いてんの」
思わず爪を噛んだ。母親を亡くしてマリンは絶望した。助けてくれない父親にも、この世界にも。
それなのに、なぜあの女は自分と同じ暗い部分を微塵も見せず明るい場所に立っているのだろう。マリンが喉から手が出るほど欲しいものを平気で粗末に扱って。
ドロリとした粘っこい感情に心と頭が支配される。
「やっぱり、あの女は敵だわ」
戦わなくてはいけない。自分のために。
セラフィナが王妃になって自分が側室になるのは別にいい。そもそも大して責任を持たなくていい側室が理想だ。王妃なんて重責、やっていられるわけがない。
でも、エレインは苦しめたい。苦しんで欲しい。私と同じところに堕ちてきてほしい。そうしたらあの美しい女はどんな顔をするのだろうか。
「治癒ベッドね……広まる前になんとかできれば……あとは直近はセラフィナのお茶会か」
マリンは爪を噛みながら暗く呟いた。




