1
いつもお読みいただきありがとうございます!
マリン・エジャートンはイライアスという見るからに賢そうないけ好かない男が出て行った扉を眺めながら、思わず癖で爪を噛みそうになって耐えた。これをすると高位貴族の男たちが眉を顰めるのを知ったからだ。
「マリン、災難だったな」
「暗殺者が名前を出すとは」
「私は、大丈夫です……」
「すぐ調査をしよう。濡れ衣はすぐ晴れるはずだ」
そうだろうか。王太子の言葉は嬉しいはずなのにマリンは不安になる。
学園でのいじめの件だってクラリス・ジェンキンス伯爵令嬢にかかった濡れ衣は晴れなかったではないか。彼女がいじめなんて行っていないことは、いじめられたマリンはよく知っている。だって、あの伯爵令嬢はあんなに大人しかったではないか。
基本的にいじめを行ったのはセラフィナの取り巻きだ。巧妙に姿が隠していたが、陰口はすべてそこからだった。
物を隠される、壊されるくらいならマリンも我慢していたがさすがに階段から突き落とされた時は驚いた。犯人は見ていないものの絶対にセラフィナの取り巻きだと思った。指示はセラフィナだろう。王太子に訴えて、セラフィナを追及するつもりだった。
それなのにふたを開けてみれば、パーティーでクラリス・ジェンキンス伯爵令嬢が犯人に仕立て上げられていた。目撃者も複数用意され言い逃れできない状況の彼女にマリンは見ていて恐怖した。
セラフィナはヤバい。あの女はヤバい。
しかもクラリス・ジェンキンス伯爵令嬢は自死ではあるが、亡くなった。
そのことを思い出して震えた。そんなマリンを他の男性たちは慰める。
しかしマリンの表情は晴れない。セラフィナだけでも強敵なのにエレイン・パンデミリオンという暗殺者集団を失明させる女まで現れたのだから。
「そういえば、マリンの母君も病気で亡くなったんだったな」
「はい」
「ゾズラン風邪だったな?」
「はい」
マリンは王太子が何を言おうとしているのか何となく分かった。だって王太子はマリンの母君「も」と言ったのだ。マリンを心配しているようでその目は違う人を映している。
「パンデミリオン侯爵夫人もその風邪で亡くなった」
「エレイン・パンデミリオン侯爵令嬢のお母さまでしょうか」
「そうだ」
「高位貴族でもお薬は手に入らなかったのですか?」
「……あぁ、そうだな。彼女の母親は一度持ち直したが悪化して亡くなったんだったな」
「そうなのですね……うちは貧しかったから薬が手に入りませんでしたが、侯爵家でもそんなことが……」
致死率の高かったゾズラン風邪。マリンの母は薬が手に入らずその風邪で亡くなった。
権力と金があれば、薬が手に入ると思っていた。でも、エジャートン男爵家よりもよほど金と権力のある侯爵家でも薬が手に入らなかったなんてマリンは知らなかった。
でも、マリンは自分の目標を諦められない。ずっとそのために頑張ってきたのだ。
目指すのは王太子の側近でも王妃でもない。側室だ。
マリンは正直、勉強は苦手だ。今は必死で復習してなんとかついていけているが、もともと好きではない。すべては王太子に近付くために頑張っているのだ。お金と権力さえあれば母のように若くして哀れに死ぬことはない、
せっかくここまできたのだ。セラフィナは最初何もしてこないから王太子のことなんてどうでもいいのかと思っていたら、とんだ見込み違い。あの女は獣だ。
しかももう一人獣のような女が出てきた。その女のことを王太子は多分、好いている。そうすると、セラフィナの注意はエレインに向くはず。今回の暗殺者の件はマリンがエレインへの餌に使われたのだろう。
馬鹿にしてくれるじゃない。私が下位貴族だからって餌にしたわけ? 腹立つ。
爪を噛むのをまた何とか耐えた。エレインは引っ掛からなかったものの、イライアスが来たのだ。どう出るのか分からない。
セラフィナなんて大っ嫌い。
あんたみたいなヤバい女がこの王太子に愛されるわけないじゃないの。王妃の座だけで満足してればいいのに。




