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イライアスが他国の王太子ご一行に静かに無意識に喧嘩を売りまくっていた頃。帝国のルジェス商団本部では眼鏡の女性が大いに嘆いていた。
「私の方がエレイン様のお側でお手伝いするのにふさわしかったはずです! ケントは護衛としてお守りするので分かりますが、なぜイライアスに! あの愚弟に行かせるんですかぁぁ! 私の方が絶対役に立ちます! ふさわしいです!」
ふてくされた様子の女性は顔とは裏腹に、書類をそぉっと机に置く。
「ナオミも行きたかったのか。さすがにイライアスもナオミも行ってしまうと困るな」
話しかけられた男性の声にはからかうような雰囲気がある。
「私が! 行きたかったんです! イライアスなんて大して協力的でもないですし、飽きっぽいし、エレイン様に忠誠心をもっているわけじゃないですし女性をバカにしてるし。女性である私が行った方がいろいろお手伝いもできたはずです。侍女やら下女やら町娘に変装もできますし! 男装もできますし! 色仕掛けもできますし!」
「ナオミはルジェス商団に就職したのに何を目指してるんだい」
「就職した理由は高いお給料です。でも今はエレイン様のために働くことです! あのお方の発明によって私の友人の難病は治ったのですから!」
「友人ではなく、婚約者と言ったらいい。最近婚約したんだろう」
「……はい」
先ほどまでの勢いは一瞬だけ鳴りを潜めて赤毛の女性、イライアスの姉であるナオミは顔を赤らめる。
「グレナディン王国に行けずに拗ねていてもナオミの仕事は完璧だな」
男性は書類をぱらぱらめくると満足そうに笑った。
「当たり前だのクラッカーですよ」
「その寒いおやじギャグさえなければ」
「主、よく聞こえませんでした。何でしょうか」
「いや、そのギャグセンスがナオミの魅力だ」
男性は華やかに笑う。彼はルジェス商団の後継者アイザック・ルジェスだ。
「主。まじめなお話、なぜ私ではいけなかったのでしょうか。悩みすぎて禿げそうです」
「そういえばハゲにも治癒ベッドは効果があったな」
「他に大きな疾患がない場合、ですね。ごまかさないでください。なぜ私では駄目だったのでしょうか」
アイザックはイスにどっかり座ると両手で顔を包んで立っているナオミを見上げた。
「ナオミは気を遣って先回りしすぎる」
「それはまごうことなき私の長所ではございませんか?」
「ナオミがそうするのは、婚約者とエレインと私にだけだな」
「もちろんです。イライアス相手になど絶対にしません」
「そういうところだ。エレインは今回自分でケリをつけに帰国した。ナオミがついて行ったら先回りしていろいろやってしまうだろう。その点、イライアスなら言われたことを完璧に仕上げるだけだ」
ナオミが口を完璧にへの字にしているのを見て、アイザックはまた笑った。
「愛するパートナーが本気なんだ。彼女は彼女の手で成し遂げたいはず。それなら男はでしゃばるのではなく、添え物くらいでちょうどいいだろう? 今回のエレインの前ではイライアスもケントも私も添え物でしかない。ナオミが行くと、エレインと一緒にメインを張ってしまう」
ナオミの口がへの字から普通に戻る。
「差し出がましいことを……」
「いや、いい。ナオミのエレインに対する忠誠心は分かっている。だから、彼女の結婚衣装なんかの時は頼むよ。先輩花嫁としても助言して欲しい」
アイザックの言葉にナオミの顔は分かりやすく輝いた。が、すぐに真顔に戻る。
「主……気になっていることがあります。主はいつ、あのことについてエレイン様にお話されるのでしょうか」
「しかるべき時に」
アイザックは唇に人差し指を当てた。黒い前髪の間から鮮やかな紫の目がのぞき、彼の耳の大ぶりなイヤリングが揺れる。
「女性は隠し事されるのは嫌いですよ?」
「分かっている。これは私の問題だから」
「エレイン様なら主のことを受け入れてくださると思いますけど。主だってエレイン様のすべてを受け入れるのですから」
「そう信じている」




