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イライアスは目的の集団を見つけて目を細めた。目立つ集団である。男の中に女が一人。
学園に行った初日は見学したい旨を学園担当者に説明しただけで、次の日から案内を受け始めた。今はちょうど一人で見て回っていたところだ。
そんな中、エレインが襲撃されたのだ。もちろん、こちらには何の被害もなかった上に相手の被害の方がはるかに大きい。
治安部隊を呼びつけることはせず、エレインとケントは暗殺者たちを放ったまま帰ってきていた。
「なぜ治安部隊を呼ばなかったんですか」
「そっちの方が依頼主が驚くかなって。私の人相、あまり知られていないみたいだもの。髪色変えたらバレないんじゃないかしら。治安部隊まで呼んだらいろんな野次馬も来て大変だわ、それに取り調べで長時間拘束されるし」
失明した暗殺者十名が人気のない道で発見されるのはホラーである。後で確認したら八名捕まっていた。二名は逃げて報告にでも行っただろう。失明はもちろんそのままである。人間は視覚に大きく頼っているから急に見えなくなると暗殺者といえど対応できないのだろう。というか、そこまでレベルの高い暗殺者ではないのか。
「出力調整は完璧ですね。そして、私が確認しないといけませんか。接触できるのでちょうどいいですが」
イライアスは目の前の集団に声をかけた。
「突然申し訳ございません。私は帝国から参りましたルジェス商団のイライアスと申します」
イライアスはケントから「非常に胡散臭い」と称される笑顔を浮かべていた。目の前には王太子と王太子の側近たちのご一行。
微笑みながら順繰りに一人一人を眺める。
公爵家の次男に侯爵家の嫡男に名門伯爵家の嫡男……グレナディン王国ではなかなかの顔ぶれとピンクの髪でひときわ目立っている男爵令嬢。足にはギブス。
「帝国か。そういえば留学のために学園を見学していると聞いた。君はパンデミリオン侯爵令嬢の帰国に合わせて一緒に来たのか」
王太子が声を上げた。暗めの紫と目が合い、イライアスはにっこりと微笑む。グレナディン王国で王家の証である紫目。
帝国ではもっと鮮やかな紫の目を持つ者がたくさんいるので、正直イライアスにとっては欠伸が出るほど見慣れた色だ。平凡以下の暗い紫になど価値がない。この王太子、見た目は麗しい方だが他の価値はあるのだろうか。イライアスは観察しながら頭の中で計算する。
「はい、その通りでございます」
呼び止めた時には迷惑そうな顔をした側近の一人が、若干肩身が狭そうにしている。イライアスが「ここでは誤解を招く可能性がある」なんてほんの少しばかり脅して個室に入ったせいもあるが、帝国でトップを争う「ルジェス商団」の名前の効果は絶大だ。
「何か内密な話があるのか」
「えぇ」
「治癒ベッドのことだろうか」
「そのようなお話を学園ですることはございません。昨日、うちのお嬢様が襲撃にあいました」
口にしたイライアスが微笑んだままなのに対し、ザカライア王太子は目を見開いた。
「そんな情報は入ってきていない……まさか路地で逮捕された怪しい八名か? 全員失明していたという」
「情報が早くて助かります。そしてその襲撃者たちは依頼主の名前を口にしました」
ボンクラではないらしい。
イライアスはちらりとピンク髪に視線を向ける。イライアスを見ていたマリンは急に視線を向けられて首をかしげた。
「依頼主はエジャートン男爵家だと」
「え!」
「襲撃者がそう簡単に口を割るのか?」
「うちのお嬢様もそれを疑っていました。そのため表沙汰にしないように処理しようと治安部隊を呼ばなかったのです。王太子の側近である方の家が関与していると嘘でもウワサが立てば大変でしょうから」
エレインが治安部隊を呼ばなかった理由はまったく別なのだが、嘘も方便である。辻褄さえ合えば何でもいい。結局、八名は逮捕されているが侯爵令嬢を殺そうとしただなんて重罪なので自白するわけがない。
「わ、私そんなことしてません! だって、パンデミリオン侯爵令嬢とは面識もなくって!」
「えぇ、襲撃者たちはお嬢様の顔が分からなかったようで確認してきたそうです」
「私じゃないです! 本当です! だって私のような男爵家の者がパンデミリオン侯爵家にたてつくなんてそんなわけがないじゃありませんか」
ふぅんとイライアスは笑顔のままピンク髪を眺める。ギブスの効果もあるが、青い目に涙を少しためて震えている様子は健気に見えないこともない。おそらく、イライアス以外の男には健気に見えているはずだ。
「それに恥ずかしながらうちは襲撃者なんて雇えるほどお金はありません……」
この女、おそらく気が相当強い。まず、そもそもの話。こんな男だらけの側近の中で女一人で居座れるのは相当気が強いか奇跡的な天然・鈍感だ。権力欲もあるだろう。
そして今のこの反応。誰もが察しているであろうが、エジャートン男爵家の財政状況をも公表する。ここまで涙をためながら言い返せるなら気が強い。
「えぇ、ですがなにせ襲撃者たちがエジャートン男爵家から紋章まで見せられて頼まれたと言っていましたので。確認のためお伺いしました」
一ミリたりとも悪いと思っていない表情でイライアスは喋る。
マリンはぐっと唇を噛んでイライアスを見つめてくる。
「その件に関しては私が調査する」
王太子が名乗りでたのでイライアスは笑みを深くする。
「ありがとうございます。では、こちらがお嬢様と護衛の供述です」
完璧な文章を書いた紙を差し出されて王太子は驚いていた。エレインは徹底的に王太子に会いたくないのだ。今の王太子がどんな気持ちなのかは誰も分からない。エレインにまだ執着しているのか、それともセラフィナという婚約者がいるから弁えているのか。
王太子をこき使うのはいいが、これを口実に会いに来られても困るのでイライアスが事前に準備しておいた。
「正直、お嬢様にとってあのレベルの襲撃者など事件にもなりません。このくらいの小物に時間をかける必要などないのですが、残念ながら嘘でも依頼主を吐かれてしまっては。しかも王太子殿下の側近のお一人で」
「襲撃者は全員失明していたが、それと関係あるのか?」
「帝国の護身具は高額ですが大変優秀でございます」
「失明させる護身具なのか」
「ご要望でしたら購入されますか? 残念ながら輸送費も相当この国ではかかってしまいます」
「いや、いい」
さて、この王太子はどんなタイプなのか。この調査をどこまで行えるのか。
イライアスから見てケントはアホだが、剣術の腕前は帝国でトップ10、いや5に入る。正直、イライアスにとってほとんどの人間はバカでアホだった。主以外は。エレインは恐ろしく賢いわけではないが、最初から不思議と惹きつけられる人だった。潔さ、判断の早さ、ひたむきさ、情の深さと隠された暴力性。
「お嬢様は悲願である治癒ベッドの導入に忙しいのでなるべく煩わせたくないのですよ。あのお方がお母さまをご病気で亡くされてからどれほど尽力されたか。こんなしょうもないことで時間をとられたくないのです」
主そっくりだろうと自画自賛する笑みを浮かべてイライアスは部屋を出た。
出てから喧嘩しか売っていなかった自分に気付く。もう少し言葉を柔らかく包んでも良かったが、相手がどれほど愚鈍か分からないのでそれでは通じないかもしれない。
「さあ、どう出るか」
ケントが見たら何か一言つつくであろう表情を浮かべてイライアスは学園の廊下を歩き始めた。




