第14話 バイアス説明への挑戦
〔メンテナンス中でもあきらめずに何度も“更新”を押せば意外とつながります。〕この物語はフィクションです、それはそれはこわい都市伝説風恋愛ストーリーです。けっして現実ではありません。だから訂正も修正も削除も受け付けません。フィクションです。真に受けないでください。とくに年配の方。この物語は実在の人物・団体等とは一切関係ありません。リアリティーを追求した描写が売りなだけです。フィクションです。特に既婚女性を意識して書きました、細かい描写も注意してお読みください。著作権法上の権利者である私が原文のままのコピーに関してのみ許可します。1文でも付け足したコピーは違法です。ご注意を お金に興味はありません、心の充足が大事です。同じ物語を彼女側から書いたものも構想中ですが、女性心理がわからず苦戦しています。アクセスができなくなる前にぜひ感想をおよせください
(この物語はフィクションです。登場キャラクターは実在の人物・団体等とは一切関係ありません。)
〔バイアス説明への挑戦〕
総合格闘技…、TVで見た特集によると始まったのはアメリカの地方ケーブルテレビ。路上でのストリートファイトを多少ルールをつけてTV放映、バカ受けしてドル箱番組になる…。
けど、テキトーなルールのためけが人はもちろん死者まででたと記憶している、当然中止が検討された。けど、もうその頃この番組なしに成り立たなくなっていたTV局側は必死に安全性をアピール、ルールも毎回改正され、迫力と安全性のバランスのとれた絶妙なルールへと発展してゆく。
現在の総合格闘技はそうした過去の努力のおかげで(当時は)シロウトだったボブサップが参加しても死なない程度の安全性は確保された。一概に危険だからといって中止や規制や禁止してはいけない好例になっている。
現在資本原理主義と呼ばれる手法も禁止するよう世論が動いている…、けど世の中の人の多くが「資本原理主義」という名が俗称であることを知らない、そしてこの俗称は僕の理解する限り、ジョージソロスがつけたものだ。本来は「新自由主義」とか呼ぶべきものだったと記憶している。
ソロスは一見すると新自由主義を否定しているように聞こえる、けれど実はもっとルールを整備すべきだと主張しているにすぎない。
日本では何も知られてないことをいい事にソロスの批判する資本原理主義という言葉を自分たちの既得権益を守るために捻じ曲げて使っていると思う。
ルールさえ整備されれば金融工学は危険なものではない、総合格闘技がそうであるように。
バイアスについて説明するいい方法があった。
昨日から車の音が大きくないけど、なんだかいつもと違う感じで来る…という観察結果についてかいた。このときこの中の「大きくない」という言葉に反応したらしく今はみな大きな音出している。僕が観察結果に対して参加したことにより、観察結果が変化したことになる。と同時に彼らから見れば、観察した結果どうやらこの方法がいやらしいと判断した方法で攻撃した事により観察対象である僕に変化をあたえてしまい、本来の観察結果とは違う結果を出してしまった、音が大きくなったのはより好ましい結果が得られるように修正した結果だと思う、最初のほうが効果高いのに。これが、人は常に間違えるの意味です。観察結果に参加した時点で答えが変化する。これが再帰性理論です。…んーまだ上手く説明できてない。またリトライしてみます。
こんな説明はどうだろう?
「サラダ記念日」の作者、「めぞん一刻」の作者、あとキティーちゃんの絵を書いてる人、村上春樹、これらの人の共通点は何か?
答えは滅多にメディアに姿を出さない。めんどくさい訳ではない、サリンジャーのような世捨て人な訳ではない。ただ、自分が出てくると作品のイメージが崩れると言って控えていたりする。プロです。
もし仮に自分が前面に出ると、いい作品ですら正統に見られなくなってしまうと考えているわけです。自分が出ることにより、どんなバイアスがかかるか心配しているのでしょう。
それって「評判」じゃない、なにバイアスなんてカッコつけてと言われるかもしれない…。
評判とちがいバイアスは人がどう間違えるのかの方向付けを見るものです。いい作品なのに作者の顔を見た瞬間どう間違った評価を下すのか?その方向をみるのがバイアスを予想することだと思います。…これも、疑問点が残る説明ですね、また挑戦してみます。
本来、再帰性理論は株価を予測する目的をもっています。
株は2つの価値を持っています、その株の本当の価値と実際の価値です。需要と供給の関係から物の値段は必ず適正価格になるはずなのに、実際には大概本当の価値よりずれた価格で取引されます。なぜ、正しい価格で取引されないのか?=なぜ人は間違えるのか?、間違える理由としてなんらかのバイアスが生じて価値が歪められたと考えます。歪みの原因の多くは心理的要因です、あれが良さそうだ、これはだめそうだといった心理的要因により価値が歪められます。逆に言えばこの歪みを(バイアスを)理解すればこの先の“歪み”の変化の仕方がある程度わかる=株価が予測できる、といった感じではないでしょうか?
普通の経済学では、物の値段は必ず最終的には適正価格になる、今、適正でないのは適正になる中途過程に過ぎないとなっています。これは現在の経済学の揺るぎない前提らしいです。
再帰性理論をとなえたジョージソロスは僕の解釈が正しいなら、物が適正価格に向かうというのは否定しないが、現在の経済学が想定している期間よりももっと時間がかかるとしています。中世ヨーロッパの大不況で歪んだ物の価値はは500年かかってようやく最近適正価格になった、そんなに長く生きられる人間はいるはず無いので、物の値段が最終的に適正価格に落ち着くことを前提に未来の値段を予測するのは間違っている、と。それよりも心理的要因(いかに誤解するか)をみて予測したほうがいいという立場…?
間違いがあるかもしれませんがこれが現在の僕の理解です。
そしてこのいかに誤解するか?という概念は物の値段だけでなく様々なものに応用できそうに思うわけです。
僕が電車の中で文庫をかざしたのも、この歪み(バイアス)をどう手を加えたら好ましい歪み(バイアス)になるだろうと考えた結果です。
うまく伝わっただろうか?周囲が君を正しく理解しないのはこの歪みのせいです、心理的要因により歪んだ価値で見られている…。逆に言えばこの“歪み”が判れば、その“歪み”にどう手をだせばどう歪むか予測できるわけです。誤解された環境に身を沈めてしまった時にはかなり有効な手段だと思います。
“歪み”を理解するためには、自分の揺るぎない心が大切になります。この揺るぎない心と、周囲のギャップを思えば歪みの正体に迫れる、迫る際には先に説明した論点を絞り込む三段論法でギャップが生じた理由を整理すると心の負担が軽くなる。うまくいけばいいアイデアが出てこの歪みを歪み返す方法も思いつくかもしれない。でも、思いついたアイディアが上手くいかなくてもくよくよする必要はありません、行動したことにより歪み(バイアス)が生じて、少し前まで正しかった答えが歪んでしまったからです。でもこの行動することにより少し前まで正しかった答えが歪んでしまうというのは誰しもに平等にふりかかるルール(制約)なので問題ありません。上手くいけばもうけものくらいの気持ちでバイアスをかけるのが正しいバイアスのかけ方だと思う。
何が言いたいかというと、自分が絶対正しい場合、この方法なら勝つかはともかく負けはしないと思う。君はなにも間違っていないと思う、君の立場なら、この手段有効に使えると思う、歪まれた自分への評価がどうこの先変化するか予測できたらかなりいいと思う。仮に予測なんか出来なくてもこの事考えていれば、脳が催眠にかかるほどの機能低下に陥らず理性を一定水準に保っていられる。いやむしろ予測よりそちらの方が重要かもしれない。脳が催眠にかかるほどの機能低下に陥らず理性を一定水準に保っていられる。そんな効果があります。
君がこんな話好きでないのは知っている、けど、何が役に立つかわからないので…。
僕もまだ理解が完全でない、ニュアンスだけでもと思い書きました。もっといい説明が思いつくかもしれない、またそのうち上手く簡潔に説明できるようリトライしてみます。
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こんな事も思った、クラス替えなどで新しい環境に放り込まれた時、目の前に2人の見知らぬクラスメートが楽しそうに話していたとする。話を聞いていれば2人の関係がわかる。けど、そこで自分が話しに加わると、それまで観察して得た2人に関する情報がほとんど役に立たなくなる事に気づく。参加したことにより3人の会話となり、リズムも話題もまったく変わってしまうのだ。それまでと同じ話題はもう展開されないし、それまで展開されていた2人の空気は自分が加わったことで変わってしまう。つまり、参加したことでついさっきまで正しかった答えが間違ったものになってしまう。物の値段も、それまで観察していたものに自分の行動が加わると変化するのだ。たとえそれが“定価”であろうとも、店側の在庫が変化するわけで、在庫と仕入れ値から見た利益率が変化する。参加したことにより状況が変化するのだ。こうして歪みは人が行動するたびに波紋のように伝わり変化します。これが、人は常に間違える理由になるわけです…、うーん、もう少しすっきり説明できればいいのだけれども…、また挑戦します。
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(別話より転載)
ちょっとばかり外がうるさくなってきました、君が頑張っているからと信じたいところです。もし、これを書いてさらに音がうるさくなるようなら、僕の記述が事態を呼び起こした結果になります。
これを“再帰性理論”風に表現するなら、僕が状況に参加したことでバイアスが生じたと表現できます。バイアスとは観察結果に観察者が参加したことにより観察結果に変化を生じさせるものをさしています。経済学の世界ではインセンティブ(誘因)がもっとも近い類似語ですが、再帰性理論が、正当な社会/経済学から無視されている現状ではこのインセンティブとバイアスの関係を論じるのは無意味です。
正当な経済学では世の中の動きは全て説明できるとされています。
再帰性理論では、観察者が状況に参加した時点で変化が生じるので永久に正しい答えに到達できないとされます。この点の違いを踏まえないと解釈を間違える恐れがあります。
え?わからない?
多分僕がまだ完全に咀嚼し切れてないからでしょう。コンテクストを理解するだけでも3年かかった、でも時間もないので可能な限りチャレンジしてみようと思います。うまい切り口が見つかって上手く説明できる日が来るかもしれない。
これを書くととたんサブカルチャーっぽくなるので避けていたんですが、やはり、再帰性理論を説明する上でどうしても避けられない…。再帰性理論にもっとも近く、そして分かりやすい著作物ははDVD「攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX」に出てくる“個別の複合”ではないかと思います。大学生くらいの人にはかなり知名度がある作品なのではないかと推察します。それぞれがつながりをもたない独立した個が複合的におりなす社会現象、その着地点は複合したどの個にもわからないまま状況が進行してゆく。作中でそうした現象をSTAND ALONE COMPLEXと呼んでいます。コンセプトが近い作品に「踊る大捜査線the move 2 レインボーブリッジを封鎖せよ」の犯人像、リーダーをもたない次世代型犯罪集団というのが登場しますが、内容的には借りてきただけのような描写で薄いものでした。内容の濃さでは「攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX」にはかないません。
昔、田原総一郎 さんが日本のことを「頭のないクジラ」と呼びました、誰が司令塔だかわからないが巨大な力を手にしている日本という意味です。僕の解釈では田原総一郎 さんは本当に頭がないのか知りたくて仕事をしていると、どこかで読んだか聞いたきがします。STAND ALONE COMPLEXはまさにこの「頭のないクジラ」状態の現象をさしています。そしてそこでおりなされる力学は再帰性理論的な要素がふんだんに盛り込まれているように感じます。
ゲーム理論とは違います。最大の違いは、ゲーム理論は現象の全てを説明しようとしますが、再帰性理論は最初から説明を放棄しています。なぜなら「人はかならず間違える」というのがこの理論の結論の重要な要素だからです。
相変わらずわかんないこと言ってる…、と思っているのだろうか?17年前の君はそんなわけのわからない事しゃべってる余裕があるなら気づいてよといった感じだった。いま現在の僕は気づいている、今君はどう思っているのだろう…、そうじゃなくて、こういう事聞きたいのとか思っているのだろうか?意思疎通できればいろいろな意味でいろいろな不便が解決するのですが…、そう思いました。
(この物語はフィクションです。登場キャラクターは実在の人物・団体等とは一切関係ありません。)
〔メンテナンス中でもあきらめずに何度も“更新”を押せば意外とつながります。〕この物語はフィクションです、それはそれはこわい都市伝説風恋愛ストーリーです。けっして現実ではありません。だから訂正も修正も削除も受け付けません。フィクションです。真に受けないでください。とくに年配の方。この物語は実在の人物・団体等とは一切関係ありません。リアリティーを追求した描写が売りなだけです。フィクションです。特に既婚女性を意識して書きました、細かい描写も注意してお読みください。著作権法上の権利者である私が原文のままのコピーに関してのみ許可します。1文でも付け足したコピーは違法です。ご注意を お金に興味はありません、心の充足が大事です。同じ物語を彼女側から書いたものも構想中ですが、女性心理がわからず苦戦しています。アクセスができなくなる前にぜひ感想をおよせください