第3話 カーラ夫人
老人とゲンブは村長の屋敷の一間に泊まることができた。そこに村長が顔を出した。
「村長のオイリーです。若様をお助けいただいたようで・・・」
「いえいえ、大したことは・・・。私は旅の方術師でライリーと申します。これは供のゲンブです。しばらくご厄介になります。」
「ご遠慮なさらず、いつまでもどうぞ。明日も若様がいらっしゃいますから。」
「その若様はまるで何かにつかれたかのようにものすごい勢いで馬を走らせておられました。危のうございましたぞ。」
老人の言葉に村長の顔が暗くなった。老人はさらに言葉をつづけた。
「私の見るところ、若様はそんなことをなさるほど無分別な方に見えなかった。そんなお方がそうするには何かあるのですかな?」
「それは・・・」
村長は答えに窮していた。言いづらいことがあるようだった。
「よかったら仔細をお話しくださらんか? 私も若様のことが心配でしてな。」
「わかりました。お話ししましょう。」
村長は話し始めた。
「20年前、ウエンズ伯爵は家老のヘイズ様に勧められて王家から妻を迎えられた。それが若様の母のローズ様です。それはもう華やかで美しい方でございました。しかしローズ様は若様を生んで3年ほどして一人で城を出て行かれました。その後、お城勤めをしていたカーラ様がウエンズ伯爵と結婚したのです。カーラ様は前の夫を早く亡くし、お城勤めに出てからすぐに後妻におさまったことで、口さがない者はカーラ様が伯爵をたぶらかし、ローズ様をお城から追い出したと言う者がいます。村の者は陰でカーラ様のことを悪徳夫人と呼んでおります。」
「悪徳夫人とは・・・。これはかなりの悪名ですな。実際、カーラ様はどんな方なのでしょう?」
「あまり外においでにならないようでよくわかりません。聞くところによると業突く張りで卑しいお方とか・・・これも口さがない者たちの噂でございます。」
「ほう。」
カーラ夫人は村人にかなり評判が悪いようだ。それも王家の血を引く華麗なローズ夫人の後では仕方がないのかもしれない。しかしそれにしてもカーラ夫人に悪いうわさが多すぎると老人には気になった。
「そのカーラ様が原因で若様がおかしくなったと?」
「はい。元は賢明な若様だったのです。幼いころからウエンズ伯爵に連れられてよく村を回られていました。思いやりのあるしっかりとした若様でした。」
「それが今ではあのようなしたことをされている。」
「はい。若様はすっかり乱暴な方になってしまいました。しかしそれでも私はご同情申し上げているのです。お城の中で嫌なことがあるのだろうと。」
「それは?」
「よくはわかりませんが、カーラ様が伯爵様を味方につけて若様につらく当たったのかもしれません。それに若様を排除して伯爵家を乗っ取るだろうと噂している者もいます。おかわいそうに若様は人が信じられず、あのように乱暴に馬を走らせて心を紛らわせておられるのでしょう。」
村長はまるで見てきたかのようにそう話してため息をついた。確かにそのようなことならエバンスの心は荒れているに違いない。
「しかし実際はどうなのでしょうか? 若様はお城でひどい目にあっておられるのですか?」
「私にはわかりかねます。ただ様々な噂がこの辺にも出回っています。伯爵とカーラ様の間にジョン様という御子も生まれ、その御子が伯爵の後を継ぐという話も聞きます。若様が邪魔になって伯爵様たちから疎まれていることも考えられます。」
村長の話を聞いて老人は「うーむ」と考え込んだ。人の話からは詳しい様子はまだつかめない。この上はお城に行ってその様子を探るしかないと思った。
◇
エバンスはお付きの者とともに城に帰った。城門をくぐって中に入ると、そこにはカーラ夫人が腕組みをして待っていた。彼女は伯爵夫人にかかわらず、その服装は地味で質素で化粧も控えめであった。
エバンスはカーラ夫人を無視してそのまま馬を進ませた。彼女はその後を追いかけて声をかけた。
「待ちなさい! どこに行っていたのです! お父様が心配していますよ。」
エバンスは馬を止めたが、カーラ夫人の方に振り返らずに答えた。
「領内の道を馬で走らせていただけです。」
「とにかくお父様のところへ。」
「いいえ、結構です。疲れていますので・・・」
「私も心配していたのですよ。」
「それはどうも。私のことなら気にならさずに、せいぜい父上の面倒でも見ていてください。では・・・」
エバンスはそう言い放つと、また馬を走らせて厩の方に向かった。それはいつものことだった。カーラ夫人はそのたびにため息をつくのだった。
エバンスは部屋に戻るなり、ベッドに身を投げ出すように倒れこんだ。彼はすべてのことにうんざりしていた。彼にとってこの城は居心地の悪い場所でしかなかった。彼はすべてを投げ捨てて逃げ出したい気持だった。そんな時、彼の脳裏には幼いころに生き別れた、生みの親のローズ夫人のことが浮かんだ。美しく華麗な彼女はエバンスの心の中でいつも彼に微笑みかけていた。
「母上・・・」
エバンスにとってローズ夫人だけが母親なのであった。
「どうして母上は逝ってしまったのですか! 私を残して・・・」
エバンスはそう呟きながら、やがて眠りについた。