九
「え? 俺?」
「うん」
「嫌だよ……。絶対に、丸太で殴られる……」
俺は、ちらりと横目でイシュタムを見る。その姿には不似合いな丸太を、まだ腕に抱え込んでいる。
「私より、蒼真の方がましだから、お願い!」
両手を顔の前で合わせて、お願いポーズでアナトが頼み込んできた。
「うーん……。じゃあ、一回だけ……」
あまりにも必死で頼み込むアナトに、ついつい一回だけと承諾してしまった。恐る恐る、イシュタムのところへと向かう。ゆっくりと歩くせいか、やけに時間が長く感じる。
「話~ついたの~?」
「え、えーと……、一応……その……」
丸太の動きを確認しながら、イシュタムに話しかける。
「じゃあ~行こうか~」
「あ、うん……って、え?」
思わずアナトの方を見る。なんだか、期待に満ちた表情でこっちを見てるのが分かる。
「ルートとか話してたんでしょ~? 決まったなら行こうよ~」
「え? あ、そうじゃなくて……」
「まだなにかあるの~?」
「えっと、その……まずは丸太を……」
「あ、ついつい持ちやすいからそのままだった~」
そう言うと、イシュタムは丸太を空に向かって斜め45度の角度で思いっきり投げた。丸太は、やり投げの槍のように、もの凄いスピードで飛んでいく。あれ、かなり遠くまで飛んだだろうけど、そこに家や人がいないことを祈っておこう。それにしても、やっぱり言うのはためらわれる……。
「あ、もうちょっとアナトと相談してくる」
そう言い、俺は急いでアナトのところへと戻る。
「無理無理無理! 絶対に無理!」
俺の言葉を聞いて、アナトは大きく溜息を吐く。
「仕方がないわね……。言って聞くような奴じゃないし、とりあえずは同行して、どこかで上手く逃げるしかないわね」
俺は、アナトの提案に何度も頷いた。とりあえず、命あっての物種だ。
「おまたせー」
俺は、愛想笑いを作ってイシュタムに話しかける。
「ちょっと~待ったかな~」
「話が終わったので、とりあえず食料の買い出しに行くけど、イシュタムはどうする?」
ここで、待ってるとか言ってくれたら、そのまま置いていくんだけどな……。
「わかった~」
分かったって、どっちだろう? 分かった付いていく? それとも、分かった待ってる? イシュタムの返事と様子では、どちらなのか分からない……。まぁ、とりあえず移動してみれば分かるか。
「じゃあ、行くね」




