六
怒りを抑えたアナトが、ブツブツとつぶやいてる。
「そういや、さっきの誰?」
「あー私の同僚で、名前はイシュタム。自殺を司ったり、死者を楽園に運ぶ仕事をしてるのよ」
「ふーん……なんか神さまみたい。
「一応、女神だからね」
「それで、アナトは?」
「私は、愛と戦いの女神よ」
得意そうに胸を張りながら答えるが、胸がないのでさまにならない。
「マジで? まじで女神?」
さっきのイケメン騎士が女神の名前って言ってたの、間違いじゃないんだ……。
「なんで、この世界の女神が俺の世界に来たんだ?」
「なに言ってるの? この世界に私と同じ名前の女神なんていないわよ? 蒼真の世界だけよ?」
「え? じゃあ、さっきの騎士が言っていた女神と同じ名前ってのは?」
「それだけ、素敵な名前って言いたかったのよ」
そうかな……? 絶対に違うと思うんだけど、今の目をハートにしてるアナトには、何を言っても無駄だろうな……。
「というか俺、アナトって名前の女神を知らないんだけど?」
「なんですって!」
瞬間的に、アナトが怒る。
「ウガリット神話に出てくるでしょ! もちろん、知ってるわよね? ウガリット神話!」
襟元をつかまれ、激しく揺さぶられる。首を縦にも横にも振ることが出来ず、ただただアナトの怒りが収まるのを待ち続けた。
「く、くる……しい……たす……け……」
何か騒ぎながら、俺の襟元を締め付ける力を強くするアナト。このままじゃ、マジ死ぬ! 助けて!
「は~い!」
そんな間延びした声が聞こえたとたん、大きな打撲音が響いてアナトがおとなしくなった。そして、襟元を掴んだいる手が緩くなりその場に崩れ落ちる。
「アナト?」
いったい、なにが起こったんだ? 周囲を見回すと、さっきのイシュタムだっけ? ゴスロリっぽい奴がかなり太い丸太を持って立っていた。あぁ、なにが起こったのかは理解した……。アナト、死んでなきゃいいけど……って、女神って言ってたっけ? じゃあ、死なないか……。いちおう、神さまなんだろうし……。
そういやこの二人? 二柱? って、ずいぶん人間ぽいよな。感情とか人間と同じだし、マジでこれが神さまだったら人類は幻滅するんだけど、その辺についてはどう思ってるんだろう?
「うーん……」
頭をさすりながらアナトが起き上がる。気が付いたのか。
「痛ーい! なんなのよ、もう!」
俺は、元凶を指さした。アナトの視線が、俺の指さす方へと向かう。
「イシュタム!」