空の王者と味惑の魔人 二十二
ユリアンとジャックは城の中を走ってジンを探した。ジンの部屋にも踏み込んだがジンの姿は無く、それどころか城の中はもぬけの殻だった。二人は最後に謁見の間に入って玉座の前に辿り着いた。玉座にもジンや兵士の姿は無かった。
「まさか逃げたって事は無いよな?」
「いや……さすがにそれは無いと思いますがね」
その時背後で足音と共に呼ぶ声がした。
「ユリアン」
二人は振り返り、ジャックは素早く銃を構えた。
「きゃあ!」
アナーキーは体をよじった。
「アナーキー! お前どうしてここに? お袋はどうした?」
ジャックは謝って銃を下ろした。
「リン様は大丈夫、鍵をかけてて入れないから。それより……」
入口からコツ、コツ、と足音がしてジンがゆっくりと入って来た。
「ジ……ジン! てめえ!」
ユリアンはアナーキーをかばうように腕を伸ばし前に出た。ジャックがジンに銃を向けるとジンは両手を上げた。
「待ってくれ! 僕は丸腰だ! 戦いに来た訳じゃない! アナーキーだって人質に取るつもりなら取れたんだ」
「どういう事だ? わざわざ俺にぶん殴られに来たのか?」
「油断しないで王子。奴も魔法使いです」
「戦いを終わりにしたいんだ。頼むよジャック、銃を下ろしてくれ」
「……話を聞くまでは下ろせませんね」
「わ、分かった」
「で?」
「どうしてリンがシャロンを殺したか気になったんだ。きっと何か理由があるんだろ?」
「……ようやく聞く気になったかよ」
突然、謁見の間に銃声が一発響いた。
アナーキーと会話をした頃から中庭はずっと静かだった。中庭での戦いは終わり、ほとんどの者が死に絶えていた。ユリアン側の部下は全滅し、ジン側の生き残った数少ない兵士も快楽の宴が終わり、虚ろな表情で寝転がっていた。
リンは船室にいたが突然の銃声に体をびくっと強張らせた。外を見たが誰もいない。
「今のは……?」
リンはゆっくりと立ち上がった。
ユリアンの胸から血が噴き出した。
「ぐ……!?」
「王子!」
ユリアンがうつ伏せに倒れ、ジャックが見るとアナーキーがユリアンに銃口を向けていた。
「アナー……キー?」
「あは! やった! やったよジン様!」
アナーキーは続けてジャックを撃った。
「うぐあ……! くそ!」
ジャックは腹に銃弾を受けながらもアナーキーに撃ち返し、アナーキーは胸に銃弾を受けて倒れた。
「う……う……痛いよ……」
ジンはジャックとアナーキーに向かって腕を伸ばすと、アナーキーは痛みが消えて幸せそうに息絶えた。ジャックも舐めた血で幸せそうな表情を浮かべた。
「よくやったアナーキー」
ユリアンは口から血を吐きながらジンを呼んだ。
「オ、オヤジ殿……」
「何だ?」
「頼む……お袋の話を聞いてやってくれ……」
ユリアンは声を絞り出すと、目を閉じた。
ジンはユリアンを見てイライラしながら呟いた。
「どんな理由があったって許す訳無いだろう。リンもすぐお前の後を追わせてやる」
ジャックが正気を取り戻し、震える腕で銃を向けて引き金を引いた。ジンは胸に弾丸を受け、驚いたような顔のままその場に倒れて力尽きた。
リンがよろよろと謁見の間に入ってくると、ジン、ユリアン、ジャック、アナーキーが倒れていた。
「こ、こんな……こんな事って……」
リンはユリアンの前に崩れ落ちた。ユリアンの頭を抱き抱えるとリンは静かに泣き出した。
「あ、姐さん……」
リンが声に気付いて顔を向けるとジャックはまだ生きていた。
「ジャック!」
「お、王子は……」
リンは続きを待った。
「王子は死ぬ直前まで、姐さんの事を気にかけてました」
リンはユリアンの髪をそっと撫でた。
「本当に馬鹿な子……いつもまっすぐで……」
ユリアンの頬にリンの涙が落ちた。
「後は……頼みますよ姐さん……俺も、信じてますから」
そう言ってジャックは目を閉じた。
リンは涙を拭いてジャックの長い銃を拾うと、銃を立てて銃口を顎の下に付けた。
「う……うう……うああああ!!」
リンが引き金を引いて、視界が暗闇に染まった。




