空の王者と味惑の魔人 二十一
ユリアンとジャックは甲板から見える街の外からの軍勢を見下ろしていた。貴族軍が野営地を築いているのが見える。
「あれが見えますか王子」
「ああ。ジャミル達か」
「船を降ろして白兵戦を仕掛けるには今日しかなさそうですね。一日遅れるだけで何人増えるか想像がつきません。今日仕掛けた所でこちらも何人生き残るか分かりませんが」
「ああ。だけどよ、あいつらが外から来る頃には船に引き上げれば態勢を整える事もできそうだ。まだ勝機はある。……よし。直接乗り込むぞ」
「了解です」
ユリアンは振り返って火炎瓶を作っている部下に話しかけた。
「お前らもそろそろ上から立ちションするのも飽きた頃だろ?」
部下は笑って頷いた。
「行くぞお前等! 今日は昼から直接乗り込むぞ! ジンをぶっ殺せば終わりだ! 派手に暴れて来い!!」
「よっしゃあ!!」
地上ではジンが空からの鬨の声を聞いて街に散らばっている兵士を城に招集した。
「奴等は今日攻めて来る気だ。皆も上から好き勝手されて面白くなかっただろう? ここから奴等が見える」
ジンは空に向かって腕を突き上げた。
「奴等の血を美味しくした! 奴等全員がご馳走だ! 奴等を殺し、奴等の血を存分に味わうんだ!」
「うおおおお! ジン様万歳!!」
兵士達が舌なめずりして今か今かと船を見上げている。
「行けえ!」
船が三隻中庭に着地した。城の兵士達が興奮して詰め寄って来た。ユリアンが飛び立ち、中庭に着地して引きちぎって来た尖塔を担いで振り回し、兵士を薙ぎ払って私兵達が降り立てる場所を作ると、ジャック達が降り立って兵士達に踊りかかった。
いつもの様に白兵戦はジャック達が優勢だった。しかし、今回は兵士達が叫びながら迷いなく剣を構えて突っ込んで来る。ユリアン側の何人かが力尽きると、近くにいた兵士達が戦闘を中断して群がり、我先にと死体から血をすすり始めた。
「な、何だこいつら! 正気じゃねえぞ!」
目を輝かせて顔を血だらけにした兵士達が舌なめずりしながら剣を取って再び襲って来る。ユリアンが十人単位で薙ぎ払っても兵士達は餌を求めてがむしゃらに突っ込んで来る。ユリアンが見回すとあちこちで笑いながら死体に群がる兵士達がいた。
「イ、イカレてやがる」
「仲間には悪いがジンを倒すチャンスです。今のうちにここを抜けてジンを見つけましょう」
「ああ。まずは一階からだ」
地獄絵図を抜けてユリアン達は城に入って行った。
中庭の戦いが落ち着いた頃、甲板の上でアナーキーが銃を抱いたまま時折顔を出して下の光景を覗いていた。アナーキーはユリアンに頼まれてリンを守るために船に残っていた。アナーキーはリンの部屋の扉をノックして中に入った。リンは椅子に座ってぼーっとしている。アナーキーはコップに水を注いでリンに渡した。
「どうぞリン様」
「ありがとう」
「何か向こうの兵士達、頭がおかしくなってるみたいです」
「何?」
リンが窓からそっと覗くと、死体に群がって血をすすり、笑い出したり血にまみれながら満足そうに寝転がったりする兵士達の姿が見えた。
「これは……ジン様の魔法か」
「気持ち悪い」
「下から見られていたんだ。我等の血の味を変えたのだろう。奴等には私達がご馳走に見えているのだ。一度ジン様の魔法の味を覚えると理性が吹き飛ぶ。その味をもう一度味わう為なら何でもするようになるんだ」
「そ、そんな……」
「下には降りるなよ」
「分かりました。私が出たら鍵をかけておいてください。自分で言うのもなんですが私はあなたを守るにはか弱いですから」
「フ……ありがとう」
「お水、少しもらって行きますね」
「ああ」
アナーキーはもう一つのコップに水を注いで外に出た。ジンは角の塔の窓の陰から様子を伺っていた。アナーキーが持っている水に向かって腕を伸ばした。
甲板でしゃがんで待機していたアナーキーが喉が渇き、一口水を飲むと、あまりの美味しさにその場に笑顔で寝転んだ。猛烈に暑い砂漠の中でキンキンに冷えた炭酸飲料を飲んだようなシュワーっとした爽快感が全身を駆け抜けて行く。その快感は何分も続き、アナーキーは数分間完全に正気を失っていた。
「あれ? い、一体今のは……」
アナーキーが正気に戻ると、コップが倒れて水が甲板に染み込んでしまっていた。こんな美味しい水は、いやこんな美味しい物は人生で一度も口にした事が無い。
「ああもったいない……」
「美味しかったかい?」
アナーキーが顔を上げると、目の前にジンが立っていた。
「ジ……ジン! ……様」
「もっと欲しいだろう? ホラ」
ジンはコップを拾うと、持って来た水をコップに静かに注ぎ始めた。アナーキーはトクトクと音を立てながら注がれるその水を見てごくりと喉を鳴らした。
「僕に力を貸して欲しいんだ」




