空の王者と味惑の魔人 二十
ビルギッタ内で急激に緊張が高まっていった。母親をかばうユリアンに同調する繁華街を中心とした夜の者達は、ジャック達を中心として強面で修羅場をくぐり抜けて来た者達が多い。傭兵なども集めるとかなりの人数になる。
敵対しているのはシャロンを殺害したリン・ファルブルを許さないジンに同調する者達で、他にもジンの完全な美食の提供の中止を恐れる者。ジンの美食を褒美として得る為に戦う兵士達、他の街の貴族の兵士達……繁華街の者達以外の全てと言ってもよかった。
が、ビルギッタの繁華街は歓楽街の意味合いが強い。集まる人間は夜の人間ばかりであり、初めから夜の人間というのは社会から弾かれて集まった者達が多く、シャロンの頭脳で動いていたジン達からの扱いも冷たかった。彼等は昼の人間と敵対しようが屁でもない。その中でも武闘派の人間達は全てユリアンの味方だった。
ジンは謁見の間でシャロンの父アルフリードと母エレナの前に立ち、兵士達を前に叫んだ。
「敵は我等正統なる一族のシャロン・ファルブルを殺害した国家の裏切り者だ! 決して許す訳にはいかない!! ユリアンとリンを仕留めろ! 奴等に加担するいかがわしい奴等も全て敵だ! 奴等を粛清して健全な国家の姿に戻す!」
「オオ!」
「戦の前の水を持て!」
兵士達が水が入った盃を掲げるとジンは腕を突き出して唱えた。
「すべての水よ! 美味しくなれ!」
兵士達が水をグイッと飲み干すと全員が幸福感に包まれて歓声を挙げた。
「うおおおお!!」
「この戦いに勝った時! 再び祝杯を挙げる! そして仕留めた者には直々に食事を提供する!」
「エイ! エイ! オー!! エイ! エイ! オー!!」
兵士達の興奮は最高潮に達した。
「行け! 正義を証明しろ!」
「うおおおおおお!!」
城の鬨の声が聞こえて来て、繁華街に集まっていたユリアン達は北西に目を向けた。
「フン、ジャンキー共が。ようやくやる気になったかよ」
ユリアンは独房の上に立っていた。横にはまだ本調子ではないリンが座っている。城の方から騎士が大勢出て来るのが見える。
地上にはジャック達私兵を中心として、スキンヘッドのいかつい者達、入れ墨がびっしりと入った者達、夜の世界で活躍してきたあらゆる武装勢力が整列している。取り返した金塊を全て渡すとの約束を取り付け、ドーンの反乱軍の者達までユリアンの味方となっていた。
「聞こえたかお前等! お上品な兵隊さんがようやく遊んでくれるってよ! お前等を散々白い目で見て来た連中をようやくぶん殴れる時が来たんだ! 俺はファルブル家の人間だが、あいつらとは仲良くやれそうにねえ! 俺の母親をくだらねえ難癖付けて殺そうとしやがったからだ!」
ユリアンは地上の兵士が弱ったリンを見て怒りを滾らせているのを感じた。
「俺はお袋の為にあの国に喧嘩を売る! 腰抜けの犬共が餌が欲しくて俺達に噛みつこうとしてやがる! 全員ぶちのめして俺達の国をここに作る!」
「オオ!」
「あんなナヨナヨした野郎じゃなく俺が国のリーダーになる! お前等の家族も俺が守る! お前等きっちりついて来い!」
「オオ!」
馬のいななきが聞こえ、繁華街の西入口に騎士部隊が駆け込んで来た。ユリアンはひょいと降りると独房を軽々と持ち上げ、騎士の方へと投げ飛ばした。
「こいつは返してやらあ!!」
独房が猛スピードで騎士達にぶつかり、騎士達を数人巻き込んで粉々に砕け散った。
「行くぞォ!!」
「うおおお!」
ジャック達が斧とボウガン、銃で騎士達と戦い始めた。ユリアンは空を飛びまわり、馬車や建物など手当たり次第に巨大な物を投げつけた。
「ぐわあああ!」
ユリアンは転がった独房の檻を拾うと騎士達の中に降り立って振り回した。
「オラアアァ!!」
直撃した騎士達も浮いて四方八方に吹き飛んで行った。状況を見た騎士のリーダーはすぐさま判断した。
「退却しろ!」
「ハッ!」
騎士達は弓矢を放ちながら迅速に城へ退却していった。
「楽勝だぜ!!」
「おおおお!」
ユリアン達は腕を突き上げ歓喜の雄叫びをあげた。
ジン側の兵士は戦闘が起きるたび徐々に押され始め、後退していった。元々繁華街の連中を取り締まれない程弱体化していた兵士達は、ジンの美食の誘惑の為に奮起していたがやはり武器が貧弱で、ユリアンの活躍もあり少しずつ数を減らしていった。
しかし敵は国の兵士達、城に退却して橋を上げられるとそれ以上なかなか追撃できず、一方でユリアン軍の拠点は繁華街のど真ん中。戦いが長引いてくると守るのが難しくユリアン軍は劣勢に立たされた。市街地に潜伏したジン側の兵士が街のあらゆる方向から時間を選ばず繰り返し攻撃して来る。さらにジンの手配により市民が自警団を組織し、彼らが放火して来るようになると繁華街は崩壊が進み、ユリアン達はじわじわと追い詰められて行った。一か月程すると、形勢は完全に逆転した。
「王子」
ジャックが部屋に入って来た。
「ジョンが殺られました」
「ジョンが?」
「斥候に出た先で、市民がいきなり襲って来たらしいです。他の者が命からがら逃げて来て分かりました」
「……」
「それに今放火して来ているのは市民達のようです。これ以上は繁華街は持たないでしょう」
「そうか」
ユリアンは酒を一口飲んだ。
「よし。じゃあ前使った船に移動するぞ。あれを新しい拠点にする」
「いい考えですね」
「俺達も徹底してやるぞ」
「はい。火の準備をしておきます」
ユリアン達は船に移動し、空を飛ぶ巨大な三隻の船で城の上を陣取ると、矢が届かない高さから火炎瓶を投げ落とし、一方的に城を放火する作戦に出た。
ユリアンは一度城を直接投げ飛ばそうとしたが近付くだけで大量の弓矢が飛んで来て、とても一人では近付けなかった。
ジン側も反撃できずただ消火にあたる事しかできないためフラストレーションが溜まっていくが、街の外にジャミル達貴族の軍が到着した事により更に兵力を増し、ユリアン達は地上に降りるに降りられなくなった。
リンは船の船室の丸い窓から地上を見ていた。崩壊した繁華街と、あちこちに放火され、ユリアンが投げ付ける空からの建物攻撃によって破壊された王宮。物資の調達に向かった先で起こる戦闘による混乱を極める市街地。ファルブル家同士の戦争による被害は甚大だった。
リンが守りたかった者同士が争い、リンが守りたかった国が壊れて行く。リンの目から涙がこぼれた。




