空の王者と味惑の魔人 十九
(今は……何回目だったか……)
リンは牢獄の中で目を覚ました。ギロチンの金具が外れる音の直後にいつも牢獄に戻って来る。リンは牢獄の中で何日かを過ごした後に斬首台に行き、ギロチンの金具が外れる音と共にここに戻って来るという生活を繰り返していた。
リンは自身の魔法で死ぬ度に戻るため、刑に終わりは無い。初めは気を強く持ち、斬首による痛みも無いため、正しい歴史を辿るための尊い犠牲なんだと毅然とした態度で受け入れていたが、永遠にこれが続くのかと考えるとだんだんと気が滅入って来た。しかし捕まる前まで戻らなければここから逃げる事もできない。
(だんだん戻る日数が短くなってきている。私の意識がある時間に比例しているのか……?)
リンの魔法が初めて発動したのは、黄金を手に入れたユリアンを待つ船の上で自分の魔法を意識してからだいぶ後の事だった。
(その後は獄中で時間の感覚を無くし、意識を保つ時間が短くなったために戻る期間が短くなってしまったのかもしれない)
繰り返すうちに一度は執行の日、台に行くのを泣きながら執拗に嫌がって、観衆の同情を買った事もある。逆にどうでもよくなり大笑いしながら死んだ事もある。しかしそれでも何も変わらないため、リンは以前のように静かに無表情に死ぬようになった。
それでもやがて食欲が失せて来る。今回はとうとう一切食事を口にしなくなり、三日目になるとついに医者が点滴を打ちにやって来た。千載一遇のチャンスだったが兵士三人がじっとこちらを見ている。とても逃げられそうにない。リンは諦めて大人しく独房の中で医師が自分に点滴を打つのを眺めていた。
(ようやく新しい展開だと思ったけど……)
その時、別の靴音が聞こえて来た。荒々しく入って来る。
「おらどけどけ!」
ガシャッと鉄格子を掴んだ音がして医師がひっと声をあげた。
「お袋!」
リンが顔を上げると、ユリアンが目の前に立っていた。いつも斬首台の上から見ていた息子。
だが今日のユリアンはいつもとは違う表情で、明らかに怒っていた。
「お袋! 何なんだよ! 魔女って誰だ!?」
「え……?」
ユリアンは取り調べの紙を掴んで揺らしていた。
「聞いてねえぞ俺はこんな事! ちゃんと教えろ! 何があったんだよ! どうしてシャロンを殺したんだ!?」
ユリアンの真剣な顔を見て急に涙が溢れて来た。リンはあの日からの事を全て話し、少なくとも百回は投獄から処刑までの日々を繰り返している事を聞くと、ユリアンは俯いた。
「親父殿はお袋の話を信じなかったのか?」
「ジン様は長年共に暮らして来たシャロン様を殺害した私の話を聞こうとしない。何を言っても無駄だろう」
「そうかい」
そう言ってユリアンは独房に入って来ると、医者を手で追い払った。医者が慌てて出て行き、独房の中でポケットの中に手を突っ込んだ状態で仁王立ちした。
「くだらねえ」
「え?」
「くだらねえ! こんな事はもう終わりだ!!」
「お、お前何を……」
「ユ、ユリアン様!」
兵士達が剣を構えた。ユリアンが兵士達に向かって中指を立てて舌を出すと、ユリアンの魔法で独房の部屋がバキバキと音を立てて浮き上がり、上階の物を全て巻き込みながら独房ごと空に舞い上がった。下の方でこちらを指差している兵士達が見える。
「どうだいひさしぶりの自由は。いい気分だろ」
「お。お前こんな事をしたらただじゃ済まないぞ! ジン様の魔法に魅了された兵士達が襲って来る!」
「はっ! 来るなら来いってんだ。あんな腰抜け共に負けるかよ!」
独房は繁華街に飛んで行き、ジャック達がたむろしている店の屋上に白昼堂々ズズンと舞い降りた。




