空の王者と味惑の魔人 十八
リンの視界がクリアになると、振動で体が揺れるのを感じた。リンは空を飛んでビルギッタへ向かう船の船室の中で椅子に座っていた。
「……え?」
丸い窓から外を覗くとまだ暗いが夜明けが近付いている。
「えと……私は……」
船室のドアをノックする音が聞こえた。
「リン様、起きてらっしゃいますか?」
「……ああ。起きている」
「そろそろビルギッタに到着いたしますので」
「分かった」
兵士が遠ざかる音がする。半信半疑でリンは立ち上がり、静かに船室を出て甲板に出た。
風がリンの髪を通り抜ける。ビルギッタの方から陽が昇ろうとしていた。斜め前の先頭の船の上でユリアン達が酒を飲みながら歌を歌っているのが見えた。
リンは自分に授けた魔女の言葉を突如理解した。
あなたに魔法を授けます。あなたを戻す魔法を
(私が死んだ時、私を過去に戻す魔法なんだ)
リンは金塊を手に入れ、ビルギッタに帰る途中の夜に戻っていた。リンは前世の記憶を思い出し、ジャック達と肩を組んで足を上げて踊るユリアンを見ると覚悟を決めた。勇気が湧いてくるのが分かった。この魔法なら絶対に負けない。
(お前をあんな風に死なせる訳にはいかない)
離れの塔の大きな扉を開き、リンは呼吸を整えて踏み出した。
「シャロン様」
「……リン」
「大丈夫ですか?」
シャロンは立ち上がるとリンを出迎えた。
「上手くいったみたいね。ご苦労さま」
「ありがとうございます」
「これでフェルトに目ぼしい敵はいなくなったわ」
「そうですね。喜ばしい事です」
「ええ」
シャロンは祭壇の方へ歩き、ステンドグラスと壁際で成長している植物を見上げた。
「ジンは敵を倒すのは苦手だけど、味方を増やすのはとても上手。これからは大きな困難は無いでしょう」
「それでは私はこれで」
「ご苦労様、ゆっくり休んで」
「はっ。失礼いたします」
そう言ってリンは腰の剣を抜くとシャロンに近付いた。
「リン? どうかした?」
そう言って振り返ったシャロンの顔は不気味な程に無表情だった。リンはシャロンに体当たりするように腹に剣を突き刺した。
「うぐあああ!!」
リンは剣を抜くと思わず後退った。
「シャ、シャロン……様」
シャロンはその場に崩れ落ち、瞳が黒く変わっていった。
「き、貴様なぜ分かった……!」
やはりもうシャロンではない。リンはシャロンにとどめを刺した。悲鳴を聞きつけて入口から現れた兵士が、剣を持って立っているリンを見て大声で人を呼ぶのが見えた。
捕らえられたリンは動機を問われたが、誰も見ていない魔女がシャロンに憑りついていたなどと話した所で受け入れられるはずもなく、リン自身が魔法の伝授に失敗したと見なされていた事もあいまって個人的な怨恨で殺害に至ったという結論に至り、リンはジンが戸惑う中、シャロン殺害の罪で死刑を宣告され投獄された。
刑が執行される日、リンは手首を縛られ、斬首台へと進んで行く。ジンが眉間にしわを寄せているのが見える。
(ジン様からすると突然裏切ったように見えるのだろうな……。しかし)
リンは空を見上げた。雲ひとつ無い綺麗な青空だった。刑の執行を見に来た観衆の中に、フードをかぶって隠れて現れたユリアンと少女の姿が見えた。
(あれは……アナーキーだったか? 夜の街にいた気の優しい娘)
リンは静かに微笑み、斬首台に座る。
(達者で暮らせ、息子よ)
リンは頭上のギロチンの金具が外れる音を聞いた。




