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空の王者と味惑の魔人 十七

 その日の王宮の夜は静かだった。兵士がまずハクトウとカルに向けて金塊を運ぶために出発し、兵士がいつもより少ない王宮は動く者も少なく、がらんとした廊下は足音が響くほどだった。

 シャーネは今夜は戻らないのだろう。リンは机で書類を眺めていたがやがて喉が渇き、ワインの一杯でももらおうと部屋を出た。

 廊下を歩いていると、前方にシャロンが歩いているのが見えた。

(シャーネが報告に戻らなかったのになぜシャロン様が? てっきり外にいるかと思ったのに)

 前方のシャロンは忍び足で歩いているように見える。周囲の気配を気にしているようだ。リンは素早く見回したが周囲にシャーネはいなかった。リンは急にシャロンの行動が気になって尾行を開始した。シャロンは静かに歩き、ユリアンの部屋の前に来ると、小さくノックした。反応が無かったのか、しばらくするとシャロンは扉の前で屈んだ。

(何だ? 何をしている?)

 目を凝らすとどうやらシャロンは瓶を持ち、扉を少しだけ開けているようだ。扉の下から何かを流し込んでいるように見える。やがてシャロンが扉を閉め、立ち上がって奥へ歩いて行った。

 リンはユリアンの部屋の前まで来ると、何か嗅いだことのある匂いがした。

(何だこの匂いは?)

 中を覗こうと扉を開けようとした瞬間、ゴオッと音がした。

「ぐああああ!!」

「ユリアン!?」

 ドアノブに触ると熱さに驚いて思わず手を引っ込めたが、少し開いたので剣を鞘ごと抜き、ドアの隙間に差し込んで扉を開けた。

「ユリアン!!」

 部屋の中は灼熱の火炎が渦巻いていた。

「誰か! 誰か来てくれ! ユリアン! ユリアーン!!」

 兵士が慌てて駆け付け消火に当たったが、炎は勢いが普通ではなく暴れながら燃えさかり水を受けてもまるで怯まない。炎の隙間から見える部屋の中で、ユリアンが灰になって崩れ落ちた。

「ユ……」

 炎が部屋を舐めつくして満足したかのように一斉に消えた。たった三十秒やそこらで部屋の中は黒一色に変わり果てていた。リンは部屋の中に入ると呆然と立ち尽くし、ユリアンの灰の前に崩れ落ちて腕を掻き抱いた。

「ユリアン……」

 新たにどこかから悲鳴が聞こえてリンははっとなった。

「あの女……!」

 怒りに震えながら立ち上がると、鞘から剣を抜いて走り出した。リンは飛ぶように階段を駆け下りると、声の方向を探した。

「謁見の間か!」

 謁見の間にリンが飛び込むと、あちこちに火が付いていた。玉座にはシャロンが足を組んで座っていた。ワイングラスを揺らしている。シャロンの足元にジンと思わしき人物や兵士達の焼死体が転がっている。黒い目に赤い瞳のシャロンが楽しそうに口を開いた。

「記念すべき夜が来たのよ」

「何?」

 シャロンがワイングラスに入った牛乳を一口飲んだ。

「人間共の歴史が終わる夜。人間に加担する妹が目障りだったけど、それももう終わり」

 シャロンがゆっくりと立ち上がった。

「これからは魔女が静かに暮らす世界が始まるの」

「お前……誰だ? シャロンじゃないな?」

「シャロン? フフ。今更女王になろうなんて声をかけたらあの女簡単に取り込めたわ」

「貴様……!」

 シャロンは突然ワイングラスを振った。反応したが一瞬遅く、リンに牛乳が数滴かかったのを見てシャロンは微笑んだ。

「お前で最後だリン・ファルブル!」

 牛乳から炎が噴き出し、リンの体が炎に包まれた。

「うあああ!!」

 高笑いするシャロンの姿が映り、リンの視界が暗闇に包まれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ユリアンくんのあまりに呆気ない死に呆然としています( ゜Д゜) シャロンさん……そりゃ自由に動き回れるし、やろうと思えばできる立場なんだろうけど……心の弱い部分を魔女に付け込まれてしまった…
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