空の王者と味惑の魔人 十四
ハクトウの街では反乱軍が有力者ヴェンネルストルムの館を急襲し、ヴェンネルストルムを拘束すると館を反乱軍の拠点とした。
その後、ヴェンネルストルムは追放され、彼はビルギッタに保護を求め事無きを得た。
時期を同じくしてハクトウの街では反乱軍の兵士を狙った殺人事件が起きた。兵士も人間であり、常に働いている訳ではない。兵士が街で食事や買い物を楽しんでいる時を狙って事件が起きた。目撃者はいない。被害者は刃物で一突きで殺害されていた。
反乱軍は捜査を開始し、ヴェンネルストルムの手の者による犯行か、またはカルの領主を暗殺し、フェルトを敵に回し、街を大っぴらに支配している反乱軍に対する市民の鬱屈の表れではないかと結論付けた。
ハクトウの反乱軍のリーダー、エディは苛立ちを隠せず部下に向かって怒鳴った。
「まだ犯人は見つからないのか?」
「目撃者もおらず、いまだ有力な手掛かりは見つかっておりません」
「くそっ! このままでは俺達は笑い者だ!」
黒髪のメイドがトレイを持って入って来て、エディにコーヒーを入れ、クッキーを乗せた皿を置いて出て行った。
エディは机を人差し指でトントンと叩き、しばらく考えた後に言った。
「とりあえずの措置だ。兵士と市民が下手に衝突してこれ以上の被害を出さないようにする。戒厳令を出し、一般市民の外出を最低限のものに制限しろ」
「わ、分かりました」
エディは市民と兵士との関係を断ち、犯行を防ごうとした。もしまた事件が起きればその付近で目撃された市民、または住んでいる市民が怪しいという事になる。エディはさっさとそいつを炙り出し、この事件に片を付けるつもりだった。
しかしエディの思惑通りにはいかず、今度は館の周りで兵士が一人殺害された。
「一体どうなってる!?」
「分かりません。巡回している兵士が殺害されておりまして……。警戒は続けているのですが一般市民は入れない場所です。暗殺者の手による物でしょうか?」
メイドが部屋の扉を開けてワゴンを押してくるとエディは怒鳴った。
「会議中だ! まだいらん!」
「失礼いたしました」
メイドが出て行き、エディは兵士に向き直った。
「犯人はヴェンネルストルムの手の者という事か?」
「分かりませんが可能性はあります」
「何か現場に残っていた物は無いのか?」
「いえ……特にこれといった物は」
沈黙が流れた。兵士はふと思い出した事があった。
「あ、そういえば」
「何だ?」
「先日、戒厳令を出す前に殺害された兵士の家から鎧が盗まれていたと遺族から報告がありまして」
「鎧?」
「え、ええ。今家を捜査している所です」
「騒ぎに乗じた物盗りの犯行だろう、人員はこっちに回せ」
「わ、分かりました」
兵士が出て行き、入れ違いにメイドが入って来た。
エディが椅子に座り、黒髪のメイドが配膳を始めながら話しかけてきた。
「怖い事件ですね」
皿を置きながらメイドが話しかけた。
「ん?ああ」
先ほど怒鳴ってしまったのを気にしてエディは調子を合わせた。
「館の周りでも事件が起きて、我々メイドも皆不安に思っております」
「仕方ないだろうな」
「エディ様も少しは怖かったりしますか?」
「フン、何を馬鹿な」
「フフ、そうですよね」
配膳が終わると、メイドが部屋の眩しい部分のブラインドを下げ始めた。
「メイドは噂話が好きな物です。私も色々と想像してみました。犯人はそもそも鎧を奪うために兵士を殺害した、というのはどうでしょう?」
食べ始めたエディが一旦止まってから鼻で笑った。
「ほう、面白そうだ。続けてみろ」
「ありがとうございます」
エディが食事を再開した。
「兵士が殺害されると、市民の外出が制限されるのを見越して鎧を奪った。犯人は兵士の鎧を来て今度は兵士に扮し、館の周囲の兵士を殺害した」
「なぜだ? なぜ制限されると分かる?」
「こういう状況下で犯罪が起きると、市民はあらぬ疑いで軍に弾圧される物です。しかし今は独立したばかり。強引な事をして支持率の低下は避けたいはず。ならばとりあえず兵士と市民の接触を断てばよい」
「む……」
「そして市民がいない所で殺人が起きた今市民への疑いは晴れ、フェルトやヴェンネルストルムが放った暗殺者の可能性が出て来る。内部の警備を固くして、エディ様を守らねばなりません」
「まあ、そうだな……」
「この館は現在反乱軍の拠点となっており、一般市民の立ち入りは一切禁止されています。外部の者が入ればすぐにばれてしまう。だから館の中に入り込むため、兜で顔が分からない兵士の鎧を奪う必要があった」
「つまり犯人はもう兵士の恰好をして館の中にいるという事か?」
「ええ。しかし兵士に変装しただけではそこから先はなかなかエディ様に近付く事はできないでしょう。エディ様の周りを動ける兵士は顔が知れた者達だけですし、警備も固めていますから」
「犯人の狙いは俺か。ずいぶん大胆な話だな……動機は何だ? 反対派か?」
「もちろんジン様に逆らう者を排除する為です」
「何?」
「犯人は今度は館の中で自由に動けるメイドに変装した。そしてこの部屋に食事を届けたのです」
エディは食事の手を止めてメイドを凝視した。
「貴様……う」
エディは喉を押さえて床に倒れ込んだ。
「き、貴様……何者だ?」
エディがリンを見上げると、リンは虫を見るような目でエディを見下ろしていた。エディが息絶えたのを見て、リンは静かに部屋を出た。
その後リーダーを失った反乱軍は散り散りになり、ヴェンネルストルムが戻って来た頃には館から兵士の姿は消えていた。




