空の王者と味惑の魔人 十三
カルの街は今真っ二つに割れていた。一つはドーンの土地を取り返したとして反乱軍を歓迎する者、もう一つはカルやハクトウを既にフェルト国の一部として受け入れており、新たな争いの原因となる今回の騒動を好まない者だ。ニック達のような商人や貴族達、つまり富裕層側はフェルト側の者が多く、反乱軍を歓迎する声は思っていたよりも大きくない。むしろファルブル家に逆らって大丈夫なのかという不安の声の方が大きかった。
反乱軍のリーダー、グレゴリオはそういった者達を城の近くから締め出し、血気盛んな者達を城に集めていた。金塊をフェルトから奪い返し、自分達に勢いをつけるためにビルギッタに侵攻する準備を進めていた。
グレゴリオが城の中庭に出ると、銃を持って射撃訓練をしている兵士達が見えた。ゴンが新人に銃を構えてあれこれ教えているのが見えた。この調子なら来週にはビルギッタを攻める事ができそうだ。グレゴリオはトムに話しかけた。
「トム、どうだ準備の方は?」
「順調だ。どうだ今日は天気もいいし、飲みにでも行かないか」
「ああ。だが前祝いにはまだ早い……」
そう言って二人が空を見上げると、ビルギッタの方から太い帯状の物が飛んで来るのが見えた。
「ん?何だあれ」
帯が近付いてくる。城の兵士達がざわつき始めた頃、帯は城の真上に到達し、巨大な黄金の蓮の花に形を変えた。
「お、おいあれ……」
その中心にはユリアンが仁王立ちしていた。
「トム! またてめえか!!」
「ユ、ユリアン!?」
グレゴリオが驚きながらも笑い出した。
「フ、フハハハ! まさか黄金の方から飛んで来るとはな! これは驚いた!」
「てめえ一人で来たのか? な、なんて馬鹿な野郎だ! てめえには戦略って物は無いのか!?」
「一石二鳥ってやつだなトム。こいつを血祭にあげてやれば少しはあのペテン師共もおとなしくなるだろうよ! 撃て! 撃ち落とせ!」
兵士達が地上から一斉に銃を撃ったが、黄金の蓮の花がユリアンを完全に防護している。キンキンと音を立てながら銃弾は斜めに逸れて行った。
「馬鹿はてめえだよトム。本当に馬鹿なのは! 俺んちに正面切って喧嘩を売ったてめえらだ!!」
金塊が姿を変え、ユリアンの周りを包むと、城と同じくらいの高さがある巨大な人型になった。
「オラアアアアア!!」
黄金の巨人が空から中庭にいる兵士達を拳で全力で殴り始めた。兵士達が悲鳴をあげながら民家と同じくらいの大きさの黄金の拳に潰されて力尽きた。
「オオオオオオオ!!」
ユリアンが拳を振り下ろす度に中庭に巨大な金塊の拳が降って来て穴を開けて行く。高速で金塊が降って来るドンドンドンという音と振動が兵士を恐怖で塗り潰していく。兵士は逃げ惑い、運よく直撃を免れた者も、金塊や飛んだ土の破片に少しでもかすった者はユリアンの魔法で城の外へと飛んで行った。
「な、なんてでたらめな野郎だ!」
巨人がドシンという音と共に中庭に着地した。城壁から巨人に向けて砲弾が発射された。大きな砲弾が巨人の腹にガチッという音と共に次々と着弾したが、当たった瞬間にふわふわと浮き出したためダメージは無かった。
「邪魔だ!」
巨人は砲弾を掴むと振りかぶって次々と城壁に向かって投げ付け始めた。激突する度に城壁は激しい音と共に崩れ落ちた。
「うおりゃあ!」
巨人は反対側の砲弾が並んだ城壁を蹴り飛ばすと、城壁は内海の方へ吹き飛んで行き、海にボチャボチャと落ちて行った。
「だ……駄目だ。中だ! 建物内に逃げ込め!」
グレゴリオとトムは急いで城の中に逃げ込んだ。
「何逃げてんだコラァ!」
ユリアンは二人が逃げ込んだ部屋の部分から上を建物ごと引きちぎると、塔のようになったその部分を山に向かって全力で投げ飛ばした。
「オラァ!」
「ぎゃああああ!!」
「百年早えぜ! 俺の勝ちだボンクラ共!!」
塔は山なりの軌道で飛んで行き、しばらく飛んだ後に金塊があった山の洞窟の入口に突き刺さった。
カルに集まっている千五百人の兵士によって組織された反乱軍は、その日ユリアン一人で完膚なきまでに粉砕された。
トムは暗闇の中でぼんやりと意識を取り戻した。
「う……痛え」
体を起こして目を凝らすと、さっきまでいた部屋が真横になっている事に気付いた。自分が座っているのは壁だった部分だ。壁にかかっていた絵が外れて真上から音を立てて落ちて来た。元々の部屋の天井は今右側の壁になっていた。すぐ横に革の椅子が倒れている。椅子が衝撃を緩和してくれたおかげで体を痛めただけで済んだようだ。
「グ……グレゴリオ」
天井だった部分に体を奇妙に折り畳んで倒れているグレゴリオは、叩きつけられた衝撃で首の骨が折れ既に絶命していた。
「出口はどっちだ……あ」
トムが出口を求め這っていると、出入口だった部分が自分の足元に落とし穴のように開いていた。
「よし、ここからなら出られる」
トムが慎重に洞窟に降り立つと、下の地面は泥の斜面になっていて足を滑らせて転倒した。
「うわ!」
地面を掴もうと手足をバタつかせたが泥で滑り、トムは長い悲鳴を上げながら急な斜面を滑り落ちて行った。
その後トムの行方を知る者はいない。




