空の王者と味惑の魔人 三
謁見の間にユリアン達が入って来ると、大臣達と話していたジンはユリアン達に気付いて笑顔を見せた。
「ユリアン!」
「よおオヤジ殿! まだ仕事してんのか? 過労死待ったなしだな!」
大臣達は顔をしかめた。
「もう切り上げる所だよ。それより面白そうな話があって呼んだんだ」
「面白そう?」
ジンは頷くと大臣の一人がテーブルに地図を広げた。
「こちらを見てください」
「ん?」
それは西にある内海を隔てて反対側にある島の地図だった。
「先日リン様率いる調査隊から連絡がありました」
ユリアンの母親リンはファルブル家の一員となってから調査隊に志願し、それ以来西の偵察任務に就いている。ジンは本当の父親ではないが、ジンの祖父にあたるアルフリード・ファルブルと共にユリアンの身元を引き受けた。しかしアルフリードは孫のような位置に当たるユリアンを甘やかし、母親のリンは調査隊として城を空ける事が多く、ジンも公務で忙しいのでユリアンは使用人とアルフリードの下で自由奔放に育ち、大きくなると繁華街で日夜遊びまくり、もはや王族の気品などとは程遠い存在である。それでもユリアンは魔法を使い、繁華街でのトラブルを解決し続けており、王都の治安において最も信頼が置けるユリアンは、謀らずも次の王にふさわしい人気を持つ男となった。
「今年の調査中、西の山でマイケルという冒険家が黄金を探り当てたのです」
「へえ」
「しかしマイケルは護衛なども伴っていなかったため、黄金に目を付けられた野盗に殺害されてしまったのです」
「あっああそうなの。運がいいんだか悪いんだか」
「そしてその野盗達が一度金塊を売りさばいた事で黄金の事が一気に知れ渡ってしまい、いろんな連中が山に押しかけ、現在黄金の所有権を巡って争っているのです」
ユリアンは両腕を広げて頭を傾げた。
「まだ誰の物か決まってない?」
「そうだ」
ユリアンは広げていた手を合わせた。
「じゃあもらっちまおうぜ! その辺の野盗にはもったいない話だ!」
「そうだ。既にリン達も国家が管理する意志を表明し、今軍を組織している。そしてあの一帯を確保し、黄金を手に入れたいのだが……実際どれくらいの量の金塊が手に入るのか分からない。あまりに大量だとここから遠いあの地で管理し続けるのは難しいだろう」
ジンはユリアンを指差した。
「そこでお前の出番だ。リン達と合流し、黄金を手に入れたらそれを持ち帰って来て欲しい。どんな物でも浮かせる事ができるお前が適任だ」
「なるほど! こいつは面白い話だ! 全部かっさらって飛んで来ちまえばいいんだな? 最高だ! やるぜ!! 俺がその黄金、全部頂いてやる!」
「いやお前にあげる訳じゃないんだが」
ユリアンは指をパチンと鳴らしてジンを指差した。
「見てな! 俺が黄金の酒場を作ってやるぜ! フハハハ!! じゃあな!! おらあんた、一緒に来い! まずはお袋に合流だ!」
「はっはい!」
ユリアンは笑いながら側にいた兵士の肩を叩き、踵を返すと兵士を連れて出て行った。
「おーい、人の話を最後まで聞けー」
ジンの声はユリアンには届かない。シャロンはクスクスと笑っている。
「面白い奴ねほんと」
「まあいいや、シャロン。後は頼む」
「分かった」
シャロンが謁見の間を出るとすでにユリアンの姿が無かった。
「あれ? 部屋かしら」
ユリアンの部屋に行こうと思った矢先、武器庫の方から騒々しい音が聞こえて来る。
武器庫に入るとユリアンとその私兵達が旅支度をしていた。私兵達はレザーアーマーなどの軽装の戦士達で、正規兵より幾分野蛮である。好き勝手に動いて物資を詰め込む彼等に正規軍の兵士達が少し辟易している。兜などが投げ出されてあちこちで金属音などが響いた。ユリアンは長い紐が口に付いた袋に荷物を詰め込んでいた。
「ジンの話には続きがあるんだけどね」
「ん? 何だ?」
「南西のカルの街からも部隊が出ているみたいなんだけど、リン達は事前に報告を受けていなかった」
「抜け駆けしようって腹か」
ユリアンは缶詰を見ながら袋にポイポイと詰め込んだり私兵に投げ渡したりしている。
「そうね。そしてあの辺りはもともとドーン国の領地。フェルトに組み込まれた事に不満を持っている者達は、ファルブル家が黄金を持って行く事に当然不満を持つはず。その辺りの一派からの襲撃にも十分注意して」
「分かった。じゃあこの機に紛れて反乱分子もブッ潰しちまえばいいって事だな」
「いや、そういう訳じゃないんだけど」
ユリアンは荷物を入れた袋の紐を締め肩に担いだ。
「まあ任せときな。俺の逃げ足は天下一品だからよ」
「西のハクトウの街にリン達がいるわ。ハクトウは向こう側に渡る為の船がある内海に港を持つ街よ。まずはそこで彼女に合流して船を手に入れて」
「ああ分かった。行って来る」
ユリアンは周りの私兵達を見て叫んだ。
「よしお前ら! 準備できたか!?」
荷物を持った兵士達が親指を立てた。
「大丈夫です!」
「今度の目標は黄金だ! 気合い入れて行けよ!」
「よっしゃあ!!」
最初に肩を叩かれてユリアンに付いて来た兵士も一緒にいるが少し尻込みしていた。そんな彼の背中を私兵の一人がバンと叩いた。
「一丁頼むぜ!」
「あっはい」
「まあそう鯱張んなって! 一緒に黄金見ながら酒を飲もうぜ! ハッハッハ!!」
「馬ん所行くぞ!」
「おー!」
シャロンは首を傾げた。
「あれ? 飛んで行かないの?」
「馬の方が早いからな。借りてくぜ。じゃあなシャロン!」
ユリアン達は夜などお構いなしに歌いながら馬に乗って元気良く城を出て行った。




