フレイムタン 十八
カイルとの戦いの後、リア国の滅亡による食料難が予想される事を受け、ジンは食料難解決の為に奔走した。
ジンはドーン国との貿易を正常化する間に、貴族達が今まで美食の為に集めていた大量の食料をレストランなどを通じて民に再分配し、貴族達には適量で健康的な食事を魔法で美味しくして満足してもらった。貴族達の嗜好品を取り上げるなど通常では反発を招く政策だが、魔法を持つジンには難しい事では無かった。
一方で反発無く貴族達からの再分配という政策を成功させたジンは、国民には貧しい者の味方と映り、本来の性格も相まって絶大な支持を得た。やがてその声はドーン国の有力者達にも届き、謁見を申し出る者が後を絶たなかった。そしてドーン国の有力者達もジンの魔法の存在を知ると次々にジンへの忠誠を誓い、ドーン国もなし崩し的にフェルトに飲み込まれた。財を得ようと画策する者もジンと対決するとその矛を収めるのだった。
ドーン国の西に広がる広大な土地をジンは開墾し、貴族達が節制している間に食料難を乗り越えた。ジンがシャロンと共に農場でせっせと働く姿は、国民に農場王などと言われ有名な笑い話となった。リア国が滅びた今、フェルトは周辺世界最大の大国になっていた。
しかし栄えた国では食欲だけではなく、性欲を満たそうとする男達が現れる。やがてフェルトのあちこちに夜の街が出来、フェルトの治安が少しずつ乱れて来た。しかも周囲に強敵がいないフェルトは軍事に予算を割かなかった為、兵士達の装備は貧弱なままで鎮圧や取締りにも苦労し、排除に失敗した。フェルトはのどかな農場と危険な色街を併せ持つ奇妙な国となった。
「こんな時、ダンがいてくれたらなぁ」
あれから二年後、ジンは久しぶりに王宮で昼食を取りながら呟いた。シャロンも紅茶を飲みながら同調した。
「私達はそっちの方はからきしだものね」
「父さんの組織も父さんがいなくなった事で統率を失って、今では金目当てに夜の街の人達と手を組み始めているらしいんだ」
「元はと言えば将軍レオナルドを倒す為の組織だったからね。敵がいなくなった以上、民間人が情報を集める必要性が無くなったわ」
大臣のバズが窓際で意見を述べた。
「そろそろロキ様の組織の者達も監視が必要ですね。国家機密を知っている者もおります。放置する訳には行きません。我々で新しく情報を管理する組織を作って彼等を勧誘し、入らない者達は監視させましょう」
「そうだね。よろしく頼むよ」
「では」
バズが出て行った。入れ替わるように小さな男の子がトコトコと入って来た。
「あ、ユリアン!」
「でぁぁ〜」
男の子の面倒を見ていたシャロンの父、アルフリードが続いて部屋に入って来た。
「あ、お祖父様!」
「やあジン! しばらく見ないうちにずいぶん日焼けしたね」
「いつも農場にいますから。でもそろそろ違う仕事もこなさなきゃいけないんで、王宮に戻って来た所です」
ジンの祖父にあたるアルフリードとその妻エレナは、リア国で生き延びた母親リンと赤ん坊ユリアンの世話を買って出た。
「ロキ達もそうだったけど、どうも僕達はこういうのを見逃せない性分らしい」
「リン達も感謝していると思いますよ」
シャロンはクスッと笑った。
「なんだかどんどん家族が増えていくわね。家系図どうなっちゃうのかしら」
「お前もそろそろ結婚して家族を作ったらどうかな」
アルフリードの提案もさらりと受け流した。
「私は国のために働きたいの。そんな暇は無いわ」
ジンはイチゴを一粒食べて呟いた。
「せっかく美人なのにもったいないなあ」
「うるさいわねえ。外見で判断しないでくれる?」
「能力で評価してるんだけどね」
ジンは立ち上がった。
「さて、リンが遠征するそうなんだ。準備の進捗具合を見て来ないと」
リンは身軽な兵士達と共に装備を確認していた。レザーアーマーに身を包み、武器や食料を確認している所にジンがやって来た。
「ジン様!」
「様は止めてよ。もうリンもファルブル家なんだから」
「すみません」
リンは二年間ユリアンの面倒を見ながら訓練を受け、立派な女戦士として成長していた。もともと戦士として才能があったのだろう、訓練を始めるとめきめきと才覚を現した。
「ロキ様やカイル様がいない今、恩返しするにはジン様の為に戦う者が必要ですから」
「別に無理しなくていいのに」
リンは軍事力強化の為、ドーンよりさらに西で金属の流通ルートを確保する為の遠征任務に志願した。
「ユリアンを頼みます」
「気を付けてね」
国の課題は山積みだ。敵がいなくなっても様々な要因から新たな敵が現れる。リン達が王宮を出て行くのを見送りながらジンは自分の部屋でこの国はこれからどうなって行くのか考えた。
「リン達が心配ね」
横に来たシャロンが呟いた。
「うん」
ジンは風俗街を仕切る者達にも接触を試みようと考えている。金を求めるのは安心の為だ、そこにジンの魔法は金を超える要因があると思っている。
「彼等だって人間だ。きっと彼等も美味しいご飯を食べたら街の治安に協力してくれるんじゃないかな」
「楽観的ねえ。別にそんな奴等は兵士に任せとけばいいんじゃないの?」
ジンは部屋に入って来たユリアンの小さな手の上に飴玉を乗せ、ピッと指差して魔法を使った。
「僕は皆の為に動くよ。これからもね」




