フレイムタン 十四
カイルは一人、焼けて崩れた建物から棘のように突き出た柱と焼死体の中を歩いていた。
「どこだ……どこだ……!」
カイルは赤ん坊の泣いている声を聞いて探していた。
「おおおお!」
カイルは周囲の炎を吹き上げ、建物の瓦礫を舞い上げると、右前方の建物跡から赤ん坊を抱いている若い母親が震えているのが見えた。
「見つけた……ぞ!」
「お……お願いやめて……!」
カイルがうねる炎を伴いながらゆっくりと距離を詰めて行く。
「アハハハハハ!!」
カイルが剣を振り上げた時、ふと背後の炎が揺れた気配を感じてカイルは横に飛んだ。カイルが振り向くといつの間にかロキが立っていてカイルに手を触れようとしていた所だった。
「チッ勘がいいな。いや……炎が探知したのか?」
「お前……どうしてここに」
ロキはカイルが何か言う前に土を掴んでカイルに投げ付けた。カイルが炎で土を焼くとロキは姿を消していた。カイルは笑い出した。
「そうかよ! お前、俺を殺しに来たって訳だ! 俺がリア国を滅ぼしたのが気に入らないんだな!? いいじゃないか別に! 敵が何人死んだってさあ! お前も散々やって来た事だろうが!」
ロキからの返事は無い。
「話すつもりも無いのか! もう俺は標的って事か……クク……ククク! なめやがって……!」
カイルは周囲に首の竜を五頭出した。
「いいだろう! お前も消してやる! ぬいぐるみはよく燃えるだろうなァ!!」
竜達があちこちに炎を吐き始めた。ゴォっという音と共に炎が地面を舐めて行く。カイルの右前方で音がした。
「そこか!?」
竜が炎を吐こうと首を伸ばして見ると、死体がぬいぐるみから人間に戻り、上に乗っていた木材が落ちた音だった。
「何?」
カイルの左からロキが音も無く現れて手を伸ばして来た。
「うっうおお!!」
カイルは身をよじってかわし、ロキから間合いを取るとロキはすぐさまナイフを投げて来た。
「無駄だって言ってるだろうが!」
ナイフを炎が叩き落とすと、再びロキの姿を見失った。カイルは動揺して肩で息をしていた。
「くそっ! 面倒くせえ野郎だ!」
カイルは左手を突き出して握りしめると左手が輝き、炎の門が現れ、怪物達が飛び出した。
「やれ……! ロキを見つけて燃やしちまえ!」
怪物達がふわふわと飛んで探し始めた。竜と怪物で事実上カイルに近付くのは不可能になった。その様子をロキが物陰から見ていた。
(これじゃどうしようもねえな。一旦退くか)
ロキが後ろに一歩下がった瞬間にカイルの近くにいた母親と赤ん坊が見えた。ロキは覚悟を決めた。
「ロキィ……! 早く出て来いよ!」
カイルはフラフラと歩き出した。母親に興味を失い、離れたのを見て、ロキが飛び出した。
「ロキィ!!」
カイルの怪物達が一斉にロキに向かって飛んで来る。ロキは走りながらカイルにナイフを投げ付けた。
「効かねえんだよォ!!」
ロキのナイフを炎が再び叩き落とすと、竜が走って来るロキに向かって炎を吐いた。しかしロキは炎を吐くタイミングを見計らって右に方向転換した。
「あぁ?」
ロキはカイルの方には向かわず、母親と赤ん坊に走り寄ると二人をぬいぐるみに変えて掴み、助走を付けて街の西に向かって思い切り放り投げた。カイルはその隙を見逃さなかった。
「死ねえ!!」
怪物がロキの肩と腕を掴んで燃え上がり、ロキは体勢を崩して前のめりに転倒した。
「捕まえたぞロキ! アハハハ!!」
カイルがロキに近寄って来る。黒い街の中で黒い炎を巻き上げて歩いてくるカイルは、這いつくばっているロキから見ると黒い竜巻が迫って来るようだった。
「何やってんだロキ? 名前も知らない女なんぞ今さら助けてよぉ。お前そんなキャラだったか?」
ロキはもう着地した頃だと思って母親達を人間に戻した。今頃ビルギッタに向かって逃げ出した頃だろう。
「いいだろ別に。最期はこの力で人助けができたんだ」
「お前を倒したんだ。俺が世界で一番強い! 俺が最強だ!!」
「ああそうだな」
ロキは体勢を変えて仰向けに寝転んだ。ロキの左半身が黒く焼け焦げている。空が煙でくすんで見えた。
「それで? これから先どうするんだ? お前は一生生きてる人間を追いかけ回して終わるのか?」
「へっ! お前はいつもそうだ! こんな時だってお前はいつもそうやってスカして余裕ぶってやがる!」
「その力で何がしたかったんだ?」
「戦うんだよ! 分かりきった事だ! 敵をこの力で倒して……!」
「誰を守るんだ?」
「え?」
「敵を倒して誰を守りたいんだ? お前だけなのか? お前が大切なのはお前自身だけなのか? 何のために戦うんだ? その力を振り回したいだけなのか?」
カイルは歯ぎしりした。
「う、うるさい! 偉そうな事言うんじゃねえ! お前ばっかりいつも戦って俺は何もしないから俺は……俺は?」
ロキは目が霞んで全てがぼんやりして来た。
「お前の代わりに俺が戦えばそれでいい。俺が戦えばラナが……カイルが……辛い思いをしなくていいと思って……」
「お、おい……」
「すまねえなカイル……お前を止められなくて」
ロキは目を瞑った。
「ラナ……今行くよ」
カイルはロキの前で立ちすくんでいた。
「俺は……何がしたかったんだ?」
カイルがその場に座り込んだ。
「どうしたのカイル?」
炎がカイルの半身でうねっている。
「もっと殺しましょうよ。人間なんていくらでもいるのよ。さあ狩りを続けましょう!」
カイルが頭を押さえた。
「う、うぐあああ!」
魔女イグニスの精霊になる前の記憶がカイルに流れ込んで来た。一族が殺され、幼きイグニスも柱に縛られ、槍で突かれ、どんなに助けを乞うてもお構いなしに足元に火を放たれて生きたまま焼き殺された時の憎悪がカイルに流れ込んで来た。
「ぐあああ! やめろおお! くそっ! 憎い!! 全てが!! クソみたいな考えを振りまいて私達を殺した生き物が!! 燃やしてやる! 人間共がァ!!」
カイルは完全に正気を失った。




