フレイムタン 十三
「行くよ」
「う、うん」
ジンはロキとシャロンに向かって魔法を使った。するとロキとシャロンの口の中の飴玉がすさまじく美味になった。
「うっうおおおおあああ!!」
「ああー!! 美味しいィーッ!!」
ロキとシャロンが美味しさのあまり叫びだし、目を開けていられなくなり、近くの椅子に手を突かなければ立っていられなくなった。
「う、美味い! 美味すぎる!! まるで天使が聖杯から注ぐ清らかな水から作ったワインのような芳醇な香りが鼻から突き抜け……!」
「ああ!私今までこんな美味しい物を食べた事が無いわ! 涙が! 涙が止まらない!! 涙のしょっぱさまでもが飴を引き立てまるで対位法で作られた音楽のように完全なるバランスで味覚の神経を……!」
ロキとシャロンは飴玉についての賛辞を口走りながらそれぞれ自分の世界に入り込んでしまい、飴玉が溶けて落ち着くまでしばらく時間がかかった。それを見てジンは喜びで一杯になった。
「どう?」
シャロンはよだれを垂らしながらジンに詰め寄り、ジンの両肩を掴んだ。
「お願い! もう一個! もう一個頂戴!」
「う、うん。いいけど……大丈夫? 目が怖いよ」
ジンが飴玉を渡して指をピッと差すとシャロンは魔法がかかった飴玉を口に放り込んだ。
「くああああーッ!! 幸せよー! 私幸せよーッ!!」
シャロンは回転しながら椅子に座ると、横になり両手で頬を押さえ恍惚の表情で飴を味わい出した。
「な、なんか怖いくらいだね」
ロキは息を切らしていた。
「お、俺は遠慮しとく。これ以上食ったら喜びで逆に疲れる」
「僕も食べてみよっと」
ジンは今舐めている自分の飴玉を魔法で美味しくしてみた。すると美味しさで口から脳に向かって喜びと感動が突き抜けた。自分の脳でも享受し切れない程の快感がジンの脳を蹂躙した。飴玉を舐め終わるとジンは床に寝転がっていて、ロキとシャロンが覗き込んでいた。
「ぼ、僕……!」
差し出されたロキの手を掴んで起き上がるとジンは叫んだ。
「僕、料理人になる!」
「待て、落ち着け。別に自分で料理を作る必要は無いだろ」
「あ、そっか」
「とんでもない魔法を手に入れたわね」
ジンがシャロンを見た。シャロンの髪の毛が先程の騒ぎで少し乱れていた。
「美味しさの快感に翻弄されてとてもじゃないけど正気を保てないわ。もしこれを使われた最中に攻撃されたらと思うと恐ろしい魔法ね」
「問題はどうやって敵にご飯を食べさせるかだね。そんな事できるかなあ?」
「とりあえず良かったじゃない。皆を幸せにする魔法である事は間違いないわ。あなたの望む魔法よこれは」
ロキは戦闘に使いづらいだろうと思って少し残念がった。
「じゃあ俺はカイルを探す。何か分かったら知らせる」
「分かったわ」
「待って父さん!」
ジンは離れを出て行こうとしたロキを止めた。
「魔女が言ってたんだ。カイルおじさんは魔女と融合して力を手に入れたって。炎を操るみたい」
「本当か?」
「うん。それで……」
ジンは自分の手を見て、木の実を握り締めた。
「それでカイルおじさんは正気を失ったって。リア国で暴れ回っているみたい。どの街にいるかは分からないけど、でも滅ぼすまで止まらないって。滅ぼしたら戻って来るだろうって」
ジンは顔を上げた。
「僕達はカイルおじさんと戦わなきゃいけない」
昔からカイルと一緒にいたロキとシャロンは辛そうな顔をした。
「カイルを止めなきゃいけないって事か」
「うん」
「もうリア国も兵士はほとんど残っていないだろう。早く止めないと罪もない人達が犠牲になるだけだ」
「父さん」
「お前はここにいろ。俺が奴を止める」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「あいつとは長い付き合いだ。あいつが間違ってるなら俺が止めてやらなきゃな」
ロキは離れを出て行った。
「今日くらい、父さんと夕食を食べたかったんだけどなぁ」
シャロンは飴玉の味を思い出してまたよだれが出て来た。
「ねえ私、今日絶対あなたと一緒に夕食を食べるから。一人で先に食べないでね」
「う、うん」
「あなたの味噌汁を毎日飲みたいわ」
「それ何か意味合いが違って来ない?」
リア国の国土の今や三分の二が黒い炎に焼き尽くされていた。カイルは魔女イグニスと融合した影響で人間に対する怒りと憎しみが抑えられなかった。
「殺す!! 動く者は全て殺してやる!!」
カイルは逃げ惑う女子供にも一切容赦が無かった。顔を歪めて叫ぶカイルに兵士達が一斉に弓矢を放った。カイルがギロリと睨むと目の前で無数の矢が蒸発するように燃えて灰になり、灰が地面にポトポトと落ちた。
「うおおおおお!!」
リア国の王都フィーンも竜達に焼き尽くされ、今まさに全てが灰になろうとしていた。




