フレイムタン 十ニ
ジン達三人は離れの塔にやって来た。離れの塔の天井が高い空間にジン達の足音だけが響く。ロキは祭壇に近付くと魔力が少し籠もっている事に気付いた。
「ここに魔力が籠もってる。出て来るならこの辺りなんだがな」
奥のステンドグラスを見上げる。外からの光がステンドグラスを通過して複雑な色合いを見せる。シャロンはロキに聞いた。
「あの森にある大きな木の下で会ったのよね?」
「ああ」
「その時魔女と話した?」
「少しな。ほとんど一方的に言われただけだったけど」
「自分の事何て言ってた?」
「ええと……私はあの樹に宿りし精霊です……あ」
ロキは頭を掻いた。
「悪い、場所じゃなかったのか。俺の勘違いだった」
「そうみたいね」
ジンは祭壇に座って聞いた。
「どういう事?」
「魔女は魔力が籠もった場所に現れる訳じゃない。魔女はその木に宿った精霊なの。ロキの思い出が木に魔力を込め、それが魔女を呼ぶきっかけになった。つまりここには現れないわ」
「あ、そっか。植物に宿る魔女なんだね」
「今からジンが木の所に行っても、ジンの魔力じゃないから魔女はジンには姿を現さないかもしれない」
「そっか」
ジンは祭壇の下部にある引き出しを開けた。中に入れておいた飴玉を取り出すと皆に配った。
「皆使ってないからここに飴玉を入れてるんだ」
「ありがとよ」
「どうも」
ジンは祭壇に座って飴玉を口に放り込むとコロコロと転がした。
「魔力、思い出、植物かぁ」
足をプラプラさせているジンをシャロンが見ている。
「でも条件は全部揃ってるよ」
「え?」
ジンはポケットから木の実を取り出した。ぼんやりと青く光っている。
「それは……」
「あの木の下にあったんだ。母様があそこに置いておいたんだって」
手のひらの上に置かれた木の実を優しく包んだ。
「それでも魔女に会えないなら……まあ身に付かないなら仕方ないか」
「本当にそう思ってるのかしら?」
「え?」
ジンが顔を上げるとロキ達の姿が無かった。
「あれ? 父さん? シャロン?」
祭壇に座っているジンの後ろをコツコツと歩く音がする。
「ようやく気付いてくれたわね。待ってたわよジン・ファルブル。この時を」
ジンが振り返るとステンドグラスからの光を浴びた黒衣の小さな女の子が立っている。十代前半の姿だ。
「あなたが魔女?」
「ええ。ロキに魔法を授けたのは私よ」
ジンは祭壇から飛び降りた。
「思ってたより小さい子なんだね」
「その木の実に宿ったからそれに見合った大きさの姿なんでしょうね。でもあなたよりだいぶお姉さんよ」
そう言うと魔女は肩にかかった髪を手で払った。女の子が大人ぶっているように見えてジンは可笑しくなった。
「あ、そうだ。あなたがカイルおじさんにも魔法を授けたの?」
「私じゃないわ。あれは姉よ。ずいぶん前に狂ってしまった姉。人間を憎み、人間を操って混乱を引き起こそうとするの。カイル・ファルブルも完全に正気を失ってしまったわ」
「カイルおじさんが?」
「彼の炎は全てを焼き尽くす。普通の人間には太刀打ちできないわ」
「でも僕達の味方だよ!」
「もう違うわ。今は人間が多い場所に釣られてリア国に行っているだけ。向こうを滅ぼしたらここに戻って来るでしょう。あなたは彼と戦わなければいけない」
「そんな! 嫌だよカイルおじさんと戦うなんて!」
「戦わないなら死ぬだけよ。全てが灰になる」
ジンは沈黙した。
「でも姉さんは今回魔法を授けるだけではなくて、カイル・ファルブルと融合したの。カイルは姉さんと相性がいいけど、彼に魔力がほとんど無かったからでしょうね。もし彼を倒せれば姉さんを滅ぼす事ができる。人類の平和に大きく貢献する事ができるわ」
「人類の平和に……」
「私があなたに魔法を授けるわ。強力な魔力を持つあなたにしか具現化できない魔法よ」
ジンは顔を上げた。
「それを使って戦うのも自由。そして皆を幸せにするのもあなたの自由よ」
「皆を幸せに?」
「さあ手を出して」
ジンは木の実を乗せた右手を魔女に向かって伸ばした。少女の姿をした魔女はジンに向かって手をかざすと、木の実が輝き出し、割れて蔦がバッと伸び出した。蔦が輝くと破裂音と共に蔦が弾けて大量の光の粒になり、ジンに吸い込まれた。
「あなたに魔法を授けるわ。食べ物をおいしくする魔法を」
ジンがハッとして前を見るともう魔女の姿は無かった。
「ジン? どうしたの?」
ボーッとしているジンにシャロンが声を掛けた。手のひらの上の木の実は何事も無かったかのようにちょこんと乗っている。ジンが振り返ると二人に呟いた。
「魔法を……授かったみたい……」
「本当か? どんな魔法だ?」
ジンの目にロキとシャロンの飴玉で膨らんでいる頬が映った。
「食べ物を……おいしくする魔法だって」
二人がポカンとしてジンを見ていた。




