フレイムタン 十一
ジンとシャロンが王宮に戻ると兵士達がざわついた。周りの兵士達は今から何をジンに言われるのか気が気でないようだ。即刻処刑されるかもしれない。謁見の間に来たジンとシャロンに兵士達は近付けなかったが、やがて部隊長のエドワードが覚悟を決めてジンの前にやって来て跪いた。
「ジン様。ご無事でしたか」
「エドワード!」
「申し訳ございません。私達は国を守る為に……カイル様とジン様をリア国に差し出そうとしました。卑怯者です。どんな罰も受ける所存でございます」
「それは違うと思うな」
「え?」
「君達は国を守る為じゃない。自分の命が惜しくなったから僕達を差し出そうとしたんだ。だから自分の事を卑怯者だと思っているんだろう?」
エドワードはぐうの音も出なかった。
「でも僕は皆を守る為に行こうと思っていた。街にリア軍が入り込んで来て皆を殺す所なんて見たくなかった。結局無駄な事だとシャロンに止められて思い留まったけどね」
「ジン様……」
「どちらにしろ僕と君達は同じ答えを出した。だからきっと正解なんだ。僕は君達を処罰するつもりは無いよ」
兵士達は一斉に跪いた。
「僕は自分の命も天秤に掛けて皆の為に動こうとした。これからも皆の為に考えて行動するよ。君達兵士もそうして欲しい。自分の命も含めて国の為に動いて欲しい」
「ジン様……」
エドワードの頬を涙が伝った。
「それはできません」
「え?」
「此度の事でよく分かりました。我等は何をするべきなのかを。これからはジン様をお守りする為に動きます。あなたこそがこの国の未来を担うにふさわしい御方です」
兵士達が一斉にジンに向かって敬礼した。その時ロキが王宮に入って来た。
「何だこの騒ぎは? 一体どうなってる?」
「父さん!」
ロキはジンに敬礼している兵士達を見て感心した。
「何だ、ずいぶん人気が出たんだなジンは」
「今兵士達に処罰しない事を伝えたんだ」
「ああ」
ロキは例の文面が書いてある紙を取り出しながら言った。
「これの事か」
「父さんは怪我は無い? 兵士に襲われなかった?」
「俺か?」
ロキは邪悪な笑みを浮かべた。ジンはロキのこんな表情を初めて見て背筋が寒くなった。
「俺もなめられたもんだ。二十人やそこらで俺を殺れると思ってやがる。あいつら街中に転がってるぜ」
ジンとシャロンは見合ってため息をついた。
「できれば彼等を戻してあげて欲しいんだけど」
ロキはクスクスと笑った。
「燃やされてなきゃいいがな」
ジン達はダンとマイケルが手当を受けた場所まで歩きながら話した。
「それで? カイルはどこに行ったんだ? 外の兵士達を倒したのは誰なんだ? 俺の部下に聞こうと思ったんだがそれどころじゃなかったからよ。シャロンは何か聞いてるか?」
ロキは歩きながらジンに聞いてシャロンが答えた。
「それがロキの部下に聞いたんだけど、外で戦ったのはカイルみたいなの」
「カイルが? どうやって?」
「ロキは見てないの? カイルは黒い竜に乗ってたわ。どうやら魔法使いになったみたい。街の兵士も何人か殺害された」
「何だと?」
ロキは草原の惨状を思い出した。
「そうか……あれはカイルが魔法で戦った跡だったのか」
「見て来たの?」
「ああ。あれをカイル一人がやったんだとしたら相当強力な魔法のはずだ。カイルにはそんなに魔力が無かったはずだが……余程いい魔法なんだろうな」
「おじさんはまだ帰って来てないんだ。どこに行ったかも分からない」
「部下に探させよう。すぐ見つかるさ」
医務室の前まで歩いて来ると医務室から声が聞こえて来る。ジンが扉を開けるとダンの叫び声が聞こえて来た。
「馬鹿野郎! なんでそれを先に言わねえんだ!」
「言う前にあんたが始めちゃったんでしょうが!」
包帯だらけのダンとマイケルがベッドに寝ながら看護師を挟んで怒鳴り合っている。
「仕方ねえじゃねえか! 分かる訳ねえだろ!」
ジンが医務室に飛び込んだ。
「ダン! マイケル! 無事だったんだね! 良かった!」
ダンとマイケルはジン達に気付いて喜んだ。
「王子! 無事でしたか! ああ良かった! 心配しておりました!」
「さっき騒いでたけどどうしたの?」
ダンはポリポリと頭を掻いた。
「あ、いえ。別にそのう……」
マイケルが看護師を指差した。
「ダンの奴、私の目の前で私の姉を口説き始めたんですよ。もう恥ずかしくて見てられなくて」
「あっ馬鹿! 言うなよもう!」
看護師はクスクス笑っている。
「姉だなんて知らなかったんですよ。こんな素敵な人を見て口説かないなんて逆に失礼だろ。ところでいかがですか? 来週の日曜は」
シャロンは呆れた。
「まあ元気そうで何よりね」
ジンはダン達を見ていたがやがてロキに話し掛けた。
「父さん、僕魔法使いになりたいんだ」
「ん? 何でだ?」
「僕は皆を幸せにするような魔法が欲しいんだ」
一同はジンを見た。
「カイルおじさんとか父さんみたいに強い魔法で敵を倒すのもいいけど、平和な時に必要なのは皆が笑ってる事でしょ? 僕の魔法がそれの役に立つなら……僕は魔法使いになりたい」
「王子……」
ロキはジンの頭をクシャクシャと撫でてから窓枠に座って軽い口調で話した。
「まあお前がそれを望むならいいけどよ。俺は反対だな」
「どうして?」
「お前は生まれた時から平和だから分からないかもしれないけどな、戦って勝たなければ平和は手に入らない。負けた奴には平和や平穏は訪れない。常に侵略され、奪われる。金や物、大切な人の命がな。それが嫌だから皆戦うんだ。だからもし魔法が手に入るなら、戦闘に役立つ魔法を持つべきだ」
「……」
「外からの無慈悲な暴力をねじ伏せる力をまず手に入れる。それが王には必要だ」
「平和なら魔法が無くても平気だから?」
「ま、そうだな」
ロキは窓から外を眺めた。
「ま、どんな魔法を手に入れるかなんて決められないんじゃねえか? 考えても仕方ねえ。とりあえず行くか」
「どこへ?」
ロキの視界の先には離れの塔があった。
「お前の思い出が詰まっている場所に行くんだよ。そこに魔女が現れるはずだ。俺の予想ではおそらく……離れの塔だ」




