フレイムタン 十
リア国の軍は数はそれこそ物凄い数だが、実際に戦うのは物理的に前列の部隊だけだ。横に並んだ太い帯のような部隊が何層にも並んでいて、前列が減って来ると後ろの層の部隊と入れ替わって行く。よって前列の五層の部隊より後ろの中列からの部隊は装備の運搬や食事の準備をするため草原にキャンプを築いていた。中列の隊長が周りの連絡係に尋ねた。
「あれから前列に動きはあったか?」
「いえ、どうもビルギッタ軍は街に閉じこもっているようで。街の中でカイル・ファルブルを捜しているのでは?」
隊長が街の方を見ると、空に何か飛んでいるのが見えた。
「何だあれは?」
「え?」
「何か飛んで来たぞ、あれは……竜、か?」
「本当だ。何でしょうね?」
前列の兵士達が空を見上げた。黒い竜に乗ったカイルが前列の前に降り立った。竜は蛇のように姿を変えカイルの周りでうねり始めた。カイルは魔女イグニスと重なった声で笑いながら叫んだ。
「獲物がいるわカイル……! もっとよ、もっと喰わせろ!!」
兵士達が剣を抜き、カイルの前に並び始めた。カイルは左手を突き出した。
「存分にやれイグニス!」
左手が金色に輝き、カイルの周りの炎が竜達に変わって兵士達に炎を吹き始めた。
「ぎゃあああ!!」
更にカイルが剣を振ると炎が扉のような形を作り、炎の扉の中から炎でできたローブを羽織った幽霊のような姿をした怪物達が次々と飛び出して来た。怪物達は竜の炎から逃れた兵士達を見つけると抱き付いて燃やし始めた。怪物と竜が兵士達を次々と死体に変えて行く。前列の隊長はこの世の物とは思えないカイルの存在を恐れた。
「ばっ馬鹿な! 何だあの化け物共は! たっ退却だ! 退却しろーッ!!」
戦場を歩いて行くカイルの前で炎の怪物達が荒れ狂い地獄を作って行く。中列や後列にいた兵士達も前列が崩れたのを見て戦闘に参加したがカイルの炎は全てを蹂躪した。十万人以上いたリア国の兵士達は絶望の夜を逃げ惑った。カイルが震えるダクソンの目の前に辿り着くまで一時間程かかったが、二人の後ろには何万もの焼死体が草原を埋め尽くしていた。
「いい夜だ。お前は……確かリア国の王だったか?」
「き……貴様、この力は一体?」
カイルは左手で顔を押さえて急に笑い出した。
「レオナルドは私の力を存分に引き出せていなかった。最高よカイル。こいつの国も全部喰らい尽くすのよ!!」
「な、何言ってる!? 落ち着け! 待て! 同盟を組もう! な? いや組ませてくれ!」
カイルは急に正気に戻ったかのようにダクソンを睨み付けて叫んだ。
「お断りだ! 俺に楯突いた事を後悔しながら死ね!」
カイルは炎の剣でダクソンを斬り伏せた。ダクソンを焼き尽くすとカイルは炎を集め、竜を作ってリア国の方へ飛んで行った。
ロキが馬で草原に辿り着いた時には、カイルの炎が荒れ狂った跡が残されていた。
「何だこりゃ……まるでレオナルドが魔法を使った跡みたいだな」
ロキがどこまで続くのかと前方を見たが、どこまでも続く焼け跡にうんざりして首を振った。
「カイルはどこだ? 街にいるのか?」
ロキは暗闇の中、街に引き返した。
夜が明け、ジンが酒場の二階の部屋で目を覚ますと、朝日がジンの顔を照らした。ジンが手で顔に当たる光を遮り寝返りを打つと、人のざわめきで目を覚ました。窓から外を見ると、街の人が外に出て活動している。
「え? どうして外に人が? まだ出られないはずなのに」
ジンは起き上がり下に降りると、レイチェルはカウンターで椅子に座って煙草を吸っていた。ジンはレイチェルの隣の椅子に座った。
「おはようレイチェル」
「おうおはよう。一晩で動きがあったみたいだぜ。外出が解禁された」
「え? そうなの?」
「ああ。シャロンが確認しに行ってる」
シャロンが戻って来た。
「シャロン」
「ジン、起きたのね。どうやら外の兵士達は全滅したみたいよ」
「全滅!?」
「カイルがやったみたいなの。ロキの組織の人間が、飛んでいる竜の上にカイルがいるのを見たって。もしかしてカイルが魔法使いになったのかもしれないわ」
「すごいや。じゃあもう安全なんだね?」
シャロンの表情が曇った。
「まあそれはそうなんだけど……カイルがどこに行ったか分からないの」
「え? 王宮に帰って来てないの?」
「そうみたい。今兵士達が探してるわ。ダンとマイケルもなんとか生きてるみたい」
ジンは喜んで立ち上がった。
「ダン達に会いに行こう。無事かどうか確かめたい」
「そうね。王宮の中で休んでるから。一度王宮に戻りましょう」
レイチェルが灰皿に灰を落としながら話に入って来た。
「そんで? 今回お前らに牙を剥いた兵士達はどうするんだよ? このままって訳には行かないだろう」
レイチェルの言葉にジンは笑った。
「そんなのは大した事じゃないさ。まずは無事だった事をお互い喜ばないと。行こうシャロン」
「え?うん」
ジンとシャロンは酒場を出て行った。レイチェルはポカンとして煙草を落としそうになった。
「やれやれ。どこまでお人好しなんだあのお坊ちゃんは」




