フレイムタン 九
カイルが城を脱出した頃、兵士のマイケルがジンの部屋の前まで走って来た。扉の前にはダンがいる。
「マイケル! どうした?」
「大変です! これを!」
紙に書かれた文面を見てダンはすぐに理解した。
「王子!」
ダンは扉を開けた。ジンとシャロンは窓から外を見て異常に気が付いた所だった。
「大変です! これを見て寝返った我が国の兵士が王子を狙っています! すぐ逃げなければ!」
その時大量の兵士がジンの部屋の近くの通路に詰めかけた。
「分かった!」
ジンは部屋の中にある模造の剣を手に取った。剣の鞘にロープが縛り付けてある。部屋から抜け出して街に遊び行く時の為に作ってあった物だ。ジンは剣の鞘を窓枠に挟んで窓からロープを垂らした。
「さあシャロンも!」
「う、うん」
「王子! レイチェルを頼ってください! あいつならきっと助けてくれます!」
「分かった! ダンも早く逃げて!」
カイルはロープを使って地上に降りた。シャロンもロープを引っ張って強度を確かめると恐る恐る滑り降りた。ダンは椅子を部屋の外に放り出して通路を一度に二人しか通れないようにした。ダンは部屋の扉を閉めると、寝返った兵士達を前に剣を構えて鼻を鳴らした。
「俺はここで借りは返す……!マイケル、無理しないで逃げろ」
「もちろんです! 死にたくありませんから! ある程度数を減らしたら突破しましょう!」
ダンとマイケルは兵士を迎え打った。
ジンとシャロンは地上に降りた後、素早く草が生い茂る場所まで移動し、姿を隠しながら街に入った。
「こんなに簡単に城に出入りできるなんて警備に問題があるわね」
シャロンは呟いた。
「おかげで脱出できたんだ。平和に感謝しないとね」
辺りは暗くなり始めていた。
「まさかいきなり全軍で押し寄せて来るなんて。カイルはどうするつもりなのかしら」
「分からない。でもまだきっと交渉の余地はあるはずだよ」
シャロンは肩をすくめた。
「どうかしらね」
レイチェルの酒場の近くまで来ると、兵士はたまたま近くにいないようだった。店の前でレイチェルが暇そうに煙草を吸っている。レイチェルに近付くとレイチェルは煙草を持った手をクイクイと動かし中に入るように促した。二人は辺りを見回して兵士がいないのを確認すると素早く酒場に入った。
レイチェルは閉店の札を扉に掛けて中に入って二人に笑いかけた。
「よお無敵コンビ。怪我は無い?」
髭を生やしたダンディーなマスターはすっと水を二人に出した。
「うん。ありがとうレイチェル」
「あんたを差し出した所で金になる訳じゃないしね」
そう言うとレイチェルは煙草でドーナツ状の煙をぽんぽんと吐き出した。
「で、どうするんだ? 外は敵だらけだぜ。まあ味方もいるかもしんないけど」
シャロンは水を飲むと一息ついた。
「ジンが動くのはさすがにまだ早いわ。カイルとロキがどう動くかをまず見てからにしましょう」
「じゃ、奥の部屋使いなよ。男物の服もあるから着替えな。そんないい服着てたら見た瞬間分かっちまうよ」
今までカウンターで無言でコップを拭いていたマスターは静かに口を開いた。
「しばらくここにいたまえ。子供を差し出して助かろうとするような根性無しはうちの店にはいない」
レイチェルは微笑んだ。
「少しは店を手伝えよな」
街は暗闇に包まれていた。兵士達はカイルを探していたがなかなか見つからない。街の外にいるリア国の軍を見てからというもの、そろそろ焦りも限界に達しようとしていた。その時カイルの獣のような雄叫びが聞こえて南区にいた兵士達は声がした方に駆け出した。既に到着している兵士達が立ち止まって固まっている。後ろから来た兵士が声を掛けた。
「お、おいどうした!? 見つけたのか!?」
前列の兵士はしどろもどろだ。
「あ、ああ……」
「一体何でこんな所に固まって……」
兵士が持っている松明がゆっくりと歩いて来るカイルを照らし出した。カイルの右半身は黒い炎に包まれてメラメラと波立っている。カイルが魔女と二つ重なった声で言った。
「虫けら共! 道を開けろ!!」
兵士達は恐怖に顔がひきつった。
「何だ……怪物……か?」
「ば、化け物だ……こいつは人間じゃなかったんだ! 殺せ! こいつを殺してリア国王に差し出すんだ!」
兵士達は一斉に剣を抜いた。カイルの剣がごうっと音を立てて炎が激しくなった。
「お前の力を見せてみろ! イグニス!!」
カイルが剣を一振りし、左腕を突き出すと握った拳が金色にカッと輝き、剣から地面に落ちた炎達が次々と舞い上がり竜の頭を象った。五頭の首だけの竜達が兵士達に向かって次々と炎を吹いて兵士達を焼き払った。
「ぎゃあああ!!」
「アハハハハハ! いいぞ! やるじゃないかイグニス!!」
カイルは竜を集めると一頭の黒い竜になり、翼をはためかせた。
「外のあいつらも燃やしてやる! 皆消してやるぞ! アハハハハハ!!」
竜に飛び乗ったカイルは空に舞い上がり、街の東に向かって飛んで行った。
レイチェルがカウンターに座って煙草を吸っていると外が騒がしくなった。
「あん? 何かあったか?」
レイチェルは窓から外を覗いた。他の住民も窓から空を見ている。
「ん? 空に何か……ああ? 何だあれ」
「どうしたの?」
着替えたジンとシャロンもレイチェルに手招きされて窓から外をこっそり覗いた。とても大きな黒い竜が東に向かってゆっくり飛んでいるのが見えた。
「な……りゅ、竜!?」
道にいる兵士達も松明の火を上にかざして見ている。シャロンは呟いた。
「あれは……ひょっとして魔法なんじゃ?」
「もしかして……リア国に魔法使いが?」
「いや違うわ。もしリア国の者なら外から王宮に向かうはず。今向かうとしたら……あれはまさか……カイル?」
ジンは少し考えてから言った。
「僕も行かなきゃ」
「え?」
「カイルおじさんが向かってるなら、僕もファルブル家の者として行かないと」
レイチェルが煙草を灰皿で揉み消した。
「何言ってるんだよ。あんたが行った所で何もできやしないだろ。ただ死ぬだけだ」
「まだ分からないよ。いや……そうだとしても行かなきゃ」
マスターはジンを静かに見ている。
「このまま僕が逃げたって状況は良くならない。民の為に、国の為には今僕達が行かなきゃいけないんだ」
「あんた……」
ラナの木の実を持っているジンの左手は震えている。
「助けてくれてありがとうレイチェル」
立ち去ろうとしたジンの腕をシャロンが掴んだ。
「シャロン、離して」
「駄目よ」
シャロンはジンの両肩を掴んで自分の方に向けた。
「あなたが逃げたって状況は良くならない。それはそうだけど、でもね。あんたが行ったって良くならないのよ」
「行ってみなきゃ分からないよ」
「冷静になって。あなたが逃げてるうちに向こうが攻めて来たって兵士達が投降すればそれで終わり。ここはリア国に戻るだけよ。そしてあなたがあそこに行ったらどうなるかをちゃんと先まで考えて。例えばあなたが処刑されたって結局リア国に戻る。ね? 結果は同じなの。ただあなたが生きてるか死ぬかの違いしか無い。今あなたがこの国の為にできる事は無いの」
「…………」
「だったら逃げて生き延びなきゃ。あなたの人生は一度しか無いの。かっこ悪くたって生きてる方がマシよ。一時のヒロイズムに流されてはいけないわ」
ジンは下を見て言った。
「シャロンは頭がいいね」
シャロンはジンをしっかり掴んでいる。
「それにロキが言ってたわ。あなたにはすごい魔力があるって」
「え?」
ジンは顔を上げた。
「もしかしたらあなたもロキのように魔法が使えるようになるかもしれない。その方法を探しましょう」
「僕が魔法使いに?」
ジンは木の実を見た。ぼんやりと光っている。
「そう言えば父さんが言ってた。あの森で魔女に会って魔法使いになったって」
「まずはそこに行ってみましょう。ひょっとしたら魔女に会えるかも」
ジンは頷いた。レイチェルは煙をふーっと吐き出して言った。
「よし、じゃあ明日の早朝に出発だ。さあ寝た寝た」




