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フレイムタン 八

 リア国の大臣バルムンクとドニの街の貴族ランドールは、ランドールの部屋でワインを飲んで乾杯していた。壁には絵画が掛けられ、棚にはトロフィーや彫刻などが置かれている。馬車から降ろされた大量の金が部屋の中心にある大きな机に積まれている。ランドールは札束を掴み、ひらひら揺らしながらほくそ笑んだ。

「上手く行って安心しましたよ」

「あの金はあなたが払った分も入っているのです。別に自分の金を取り戻しただけですからな」

「そういう事です。それで……これで分かってくれましたか? 私が本気だという事が」

「ええ。良く分かりました」

 バルムンクはワインを飲み、微笑んだ。

「カイル・ファルブルは金を隠して姿をくらまそうとした。我等は将軍レオナルドを殺害しようとしていた者をずっと探していたが、分かった時には既にレオナルドは倒され、周りの貴族も一緒に独立してしまい、あなたは調子を合わせる振りをして潜り込んだリア国のスパイだった」

「そういう事になりました」

「フハハハ。では私達の未来と愚かなカイル・ファルブルに乾杯!」

 二人はワイングラスを掲げて乾杯した。壁に掛かっている蝋燭の火が揺れた。

「最期の酒、ゆっくり味わうんだな」

「ん?」

 ランドールが声がした壁に目をやると、いつの間にか黒いローブの男が棚の上に座っていた。

「き、貴様! どうやって入った!?」

 男は棚から飛び降りてフードを外すと二人は見覚えのある男に驚いた。

「ロ……ロキ・ファルブル!」

「どうも。金、返してくれるかい? カイルが困るんでな」

 ランドールとバルムンクは近くにあった剣を抜いた。二人は剣を構え、じりじりと間合いを詰めた。ランドールが斬りかかった瞬間にロキはぬいぐるみに変身し、剣は宙を斬った。着地したロキがぴょんと飛んでランドールの懐に飛び込んだ。

「ひぃっ!」

 ぎょっとしてランドールは手でぬいぐるみを叩き落としたが、その瞬間ランドールもぬいぐるみに変化した。ランドールが持っていた剣がガランと地面に落ち、人間に戻ったロキは剣を拾ってバルムンクに向き直った。バルムンクは唖然としてその様子を見ていた。

「貴様……何者なんだ?」

「あの世でゆっくり考えな。金は貰ってくぜ」

 バルムンクは鼻で笑った。

「フン、もう遅い。金を返した所で王はもう貴様等を許す気は無い。手遅れだ」

「何?」

「今頃ビルギッタの東側はリア正規軍で埋め尽くされてるだろうよ」


 兵士のマイケルが謁見の間に飛び込んで来た。

「カ、カイル様! 大変です! 東にリア国の軍が!」

「何? 数は?」

「わ……分かりません。かなりの数です」

 カイルは窓からビルギッタの外壁の向こうを見た。東の草原を軍隊が埋め尽くしている。

「ば、馬鹿ななんだあの数は?」

「それだけじゃありません。矢文が外からあちこちに打ち込まれました。これがその一枚です」

 カイルはマイケルから紙を受け取って読んだ。


『我はリア国の王ダクソンである。ビルギッタの兵士達よ、真の勇気を持って今ビルギッタを不当に支配しているカイル・ファルブル、ロキ・ファルブル、ジン・ファルブルを我のもとに連れてくれば速やかに軍を引き、後に和平交渉に移る。生死は問わない。

 愛する民よ、外に出てはならぬ。家の中に待機し、この戦いが終わるのを待つが良い』


 カイルの額を冷や汗が濡らした。

「これを見て我が国の兵士も多くの者がカイル様、ジン様を探しています! すぐにお逃げください!」

「わ、分かった! ジンの所に行かねば!」

「駄目です! ここからジン様の部屋までには既に兵士がいっぱいです! 私が代わりに行きます! カイル様は今のうちに!」

「くっ……分かった。頼む」

 マイケルは手紙を持って走って行った。


 ランドールの屋敷の屋根に上がったロキは尖塔の頂上に登ってビルギッタの東を見た。夕暮れの中、草原を埋め尽くす移動している敵が見える。まるで黒い波がゆっくりと緑の砂浜を覆って行くようだった。

「あれが全部敵なのか? くそっ……間に合ってくれよ」

 ロキは屋根から飛び降りた。


 カイルは玉座の後ろに置いてあった剣を腰に差し、謁見の間を出た。謁見の間を出て左の通路を進んで行くとジンの部屋へと通じる階段がある。しかしそちらには既に何人か兵士がいた。カイルからは今あの兵士達が敵か味方かの区別が付かない。カイルは見つからないように静かに右の通路から城の外に出た。

 辺りは既に暗く、夜の闇がカイルを都合良く隠してくれた。カイルは建物の陰を使って少しずつ移動していた。目標は南区にある服屋だった。そこはロキの組織の元アジトで、兵士達はその辺りにロキの組織の建物があるとまでしか知らされていない。今もロキの組織の者がいるはずだとカイルは思った。

(バーンズさんならきっと力を貸してくれるはずだ)

 今のカイルにとって、街の中を歩く兵士が持っている松明は不気味に思えた。

(隠れ家を用意してもらって、ロキがダクソンを倒せばきっと上手く行く)

 そう考えてカイルはふと立ち止まった。

(俺は……俺は何もしないのか? またロキに頼るのか?)

 カイルは頭を振った。

(駄目だ! 今は余計な事を考えちゃ駄目だ。まず生き残らないといけないんだ)

 カイルは服屋の前に辿り着いた。カイルは異常に気付いた。何人か倒れている。カイルが近付くとバーンズと兵士の二人が死んでいた。バーンズがカイルを助けようと先に動き、兵士と斬り合いになったのだろう。

「そんな……」

 カイルは呆然として、周囲に気を配るのを忘れていた。

「いたぞ! カイル・ファルブルだ!!」

 ぎょっとしてカイルが声がした方を見ると松明を持った軽装の兵士の三人組がこっちを指差して間合いを詰めて来た。

「く、くそ!」

 カイルは剣を抜き、同じく剣を抜いた三人と道の真ん中で対峙した。

「俺達のために死んでくれ!」

 兵士が斬りかかって来た。カイルはそれを剣で受け止め、相手のバランスを崩すと横に薙ぎ払って相手を斬った。次の兵士が体当たりをして来て、カイルは建物の壁に叩き付けられた。そこに振りかぶって斬りかかって来た剣を受け止め、二人が鍔迫り合いをしている内に横からもう一人が剣を突き出して来て、カイルの右腹部を貫いた。

「あぐっ……!」

 カイルが痛みで体勢を崩した時、鍔迫り合いの均衡が崩れ二人でもつれて倒れた。その拍子にカイルの剣が相手の喉を斬り裂いた。

「ぐあああ!」

 カイルを刺した兵士は、味方の喉からの鮮血を見て恐怖で後退った。カイルは喉を押さえている兵士を左手で押し退けた。

「うぐぐ……!」

 カイルは立ち上がって狼狽えている兵士を睨み付けると、持っていた剣を持ち直して三人目に向かって投げ付けた。剣は相手の胸に突き刺さり兵士は剣を押さえたまま力尽きた。カイルは腹に刺さっている剣を抜いた。

「ぐっ……!」

 カイルは血を垂らしたまま歩いた。教会の鐘が鳴り出した。カイルはよたよたと歩いていたが、躓いてその場に倒れた。文書を見て街の者は誰も外にいなかった。誰も助けてくれない。カイルは一人だった。

「う……」

 体に力が入らない。

(俺は……ここで死ぬのか)

 カイルは生まれた時から一人だった。今もそうだ。愛する者もいない。周りの貴族もカイルを神輿に担いだだけで頼りにはならない。カイルを嫌う者はいなかったが心の底から語り合える者もいなかった。カイルは、ロキですら本当は今まで一緒に戦って来なかった自分の事を内心見下しているだろうと思っていた。カイルは一人で生まれ今一人で力尽きようとしていた。

「嫌だ……死にたくない……ロキ……誰か……助けてくれ……」

 カイルは鐘の音に導かれるように地面を這った。どこへ向かっているのか自分でも分からなかった。明かりも無く暗い場所を一人で這っていた。

「カイル……可哀想なカイル」

 カイルは顔を上げた。

「あなたの事を誰も分かってくれない。皆あなたをいいように利用していただけ」

 カイルが霞む目で黒いローブを羽織る女性の姿を捉えた。

「あなたが弱いから。皆あなたがいらないから」

 カイルの目の前に魔女が現れた。

「お、お前……は」

「強くなりたい?」

 魔女の瞳が金色に輝き出した。

「う……あ……」

「孤独な王。あなたには他の人間なんて必要無いわ。私が力を貸してあげる」

「そうだ……」

 魔女がカイルを抱き締めるとカイルの持っている剣から黒い炎が燃え上がった。

「他の奴等なんていらない」

 魔女が煙となってカイルに吸い込まれた。カイルが立ち上がるとカイルの右半身は黒い炎に包まれた。カイルの口からカイルと魔女の声が同時に放たれた。

「俺が! 俺が全てだ!! ダクソンも! ジャミル共も!! ロキも! この世界には誰もいらなかったんだ! アハハ! やっと分かったよ! 皆……皆消してやる!! 皆だ!! アハハハハハ!!」

 カイルは力の限り雄叫びを上げた。雄叫びに反応して黒い炎が激しくざわめき、炎が建物の壁にカイルの大きな影を作った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] えぇーーーーっ!?カイルさーーーんっ!! まさかここで!? 魔女に思考を支配されている感じ!?
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