フレイムタン 五
カイルは周囲の貴族達との交渉の結果、まず国の安定の為に一度要求を飲もうという事になった。何年かをかけ粘り強く交渉を続ける事で、納める金額を下げてもらうという事になった。カイルは離れの塔でロキと話していた。
「ま、仕方無いだろうな」
ロキはカイルの話を聞いて頷いた。
「しかしリア国の不満を買っていたのは周知の事実だ。どうやってその不満を収めるか、周囲の国には当然知られる事になる」
「うん」
「値下げしてもらおうっていうのは難しいんじゃねえかな……」
「うーん……やっぱりそう思う?」
「ああ。だが声を上げる時期は今じゃない」
離れの塔の門が開き、二人が見るとジンがダンを従えて入って来た。
「お帰りなさい」
「ただいまジン。勉強はしてたか?」
「うん。勉強だけじゃないけどね」
ロキとカイルはダンを見て気付いた。
「もしかして……話したのか?」
ダンは頷いた。
「はい。ジン様は許して頂きました」
「これからお母様の墓参りをしようと思ってるんだ」
「そうか……」
カイルはロキを見て頷いた。
「ロキも一緒に行ってきなよ」
「ああ、そうだな」
フェルトの北端にあるドニの街。フェルトとリア国との境目にあるこの街の貴族、ランドールの屋敷の一室で、リア国の大臣バルムンクとランドールがワインを飲みながら語り合っていた。
「カイル・ファルブルは金を納める事にしたようです」
「やはりそうか。であれば私も指を咥えて見ている訳には行かぬ。すぐに手配しよう」
「それが良かろうて」
バルムンクは立ち上がると白い髭を手で撫でた。
「さて、これからが大変ですぞカイル殿。クククク……」
ロキとジン、そしてダンはジンの母親ラナが葬られている小高い丘に来ていた。墓石の前にジンが花を供えた。
「ねえ父さん、お母様ってどういう人だったの?」
「うーん……強い女だったな。まあメソメソしてる時もあったけどよ。何て言うのかな、意志が強いんだ。ラナがやるって決めた時の瞳を見ちまうとよ、ああ俺達もやらなきゃって思うんだ。燃えるような情熱に周りも感化されちまう。ラナが動くと周りも一緒に動く。今はカイルが俺達のリーダーだけどよ、俺達の本当のリーダーはラナだ。俺達はラナの為に戦ったんだ」
「ふうん」
「お前の目はラナに似てるよ」
ロキは歩き出し、森の中に入って行く。ジンとダンが見合ってからロキに付いて行くと、やがて湖に辿り着いた。ダンは立ち止まり、二人が見える位置で待機した。
「綺麗な所だね」
「ラナとよくここに来てたんだ」
ジンは湖の水面を覗き込んだ。二人の顔が映っていて自分だけが見返している。遠くを見ているロキは少し寂しそうだった。風が少し吹いて木々を揺らし、ジンが風で飛んだ葉を目で追うと、大きな木の下に葉が落ちた。よく見ると木の下に穴が開いているのが見えた。ジンが何気無く穴を覗くと、おもちゃや小さな木の実が転がっていて、小さな木の実の一つがぼんやりと青く光っていた。
「何だろう?」
ジンが木の実を手に取ってしばらく眺めていると光は収まった。ロキが後ろからやって来た。
「どうしたジン?」
「ここにあった木の実なんだけどぼんやり光ってた気がしたんだ」
ロキがジンの手の上の木の実を見てフッと笑って言った。
「そうか……ラナが集めた木の実の一つだ。それ、お前が持ってろ。いつか役に立つかもしれねえ」
「あ、信じてないでしょ」
「信じてるさ。俺もここで魔法を授かったんだ。木の実くらい光るさ」
ジンはポカンとした。
「魔法?」
「教えてやる」
そう言うとロキは突然ぬいぐるみになった。
「え? ……ええ?」
ジンの目の前にロキの形をしたぬいぐるみが突然現れた。そしてぬいぐるみが喋り出した。
「驚いたか?」
「ええ!? 父さんどうしちゃったの?」
「これが俺の力だ。俺はぬいぐるみになる事ができる。ここで魔女に授かった魔法だ……俺は魔法使いだ」
ロキは人間に戻った。ジンは初めて見た奇跡の力にポカンとした。
「触った相手もぬいぐるみにできる。魔力を動かして相手の細胞に……詳しくはシャロンに聞いてくれ。難しい事は俺には分からないがシャロンなら説明できるはずだ」
「魔力……」
「この事を知っているのは今の所カイルとダンとシャロン、アルフリード夫妻……あと隣の街のジャミルのオッサンくらいか。あまり知られてない」
「ファルブル家の力って事?」
「いや、これは俺だけだ。将軍も魔法使いだったようだが、今の所は魔法使いは俺だけだ。ただし、お前にも魔力がある」
「僕にも?」
「ああ。俺よりもはるかに多い魔力だ。もしかしたらいつかお前も魔法を身に付ける事ができるかもしれない。だから……」
ロキは木の実を指差した。
「その木の実、少し魔力が見える。それを持っていろ。何か起きるかもしれない」
ジンは頷くと木の実をポケットにしまった。
「帰るぞ」
「うん」
ロキはゆっくりと歩き出した。
(僕が魔法使いに?)
まるでおとぎ話だ。少年はワクワクしながらロキに付いて行った。




