フレイムタン 四
カイルとロキは王宮の客室に一泊し、次の日帰り道の馬車の中で王との会話を思い出していた。
「それで? どうする? 払うか否か」
「うーん。払わないとどうなるかな?」
「周りの国は皆リア国の同盟国だ。あらゆる方向から攻撃され続けたら……まあ控えめに言っても存亡の危機だろうな」
「じゃ、払うしかないか……しかし言われた額を毎年払っていたら結局ジリ貧だ」
「ま、なんとかまけてもらうしかないだろうな。策を考えよう」
二人はしばし沈黙した。車輪のガラガラという音が響く。やがてロキが口を開いた。
「一番分かりやすいのは、俺達の力を示す事だ。俺達と喧嘩するのは得ではないと思わせる。奴に直接力を見せつけてもいいし、他の国に対してでもいい」
「他の国は最近おとなしい。その機会は無いだろうな」
「まあ一旦この話は持ち帰ろうぜ。ここで決める事じゃねえ」
「そうだな」
カイルはロキの顔を見て、やがて窓の外に視線を移した。
「力か……」
ジンはその頃、王宮の自分の部屋で本を読んでいた。昼間見たダンを呼んで待っている所だった。
「失礼します王子」
ダンが部屋に入って来た。
「お呼びだそうで」
「うん。そこに座って」
「はっ、失礼いたします」
促されてダンは用意された椅子に座った。
「レイチェルに聞いたんだけど。僕のボディーガードだって」
言うとダンは顔をしかめた。
「やはり昼食に入るべきではなかったですね……その通りです」
「僕ももう十四歳だ。父さん達もいないし……そろそろ聞かせて欲しいんだ。昔何があって、どうして君がそうしているのか」
ダンは口を固く結んでいた。
「分かりました。いずれ分かる事です。今日がその日なのでしょう……全てお話します」
ダンは何度も深呼吸して話し始めた。
「今から十五年前の事です。あなたのお父様とお母様、ロキ様とラナ様はビルギッタの西で遊牧民として暮らしていました」
「そうらしいね。王子って言われてたのに父さんは遊牧民でびっくりしたよ」
「将軍レオナルドは魔女にたぶらかされ、ロキ様がいたキャンプを襲撃しました……私もその場にいました」
「ダンも?」
「はい」
ダンは一度言葉を切ってから覚悟を決めて口を開いた。
「その時の襲撃でラナのお父様、つまりあなたのお祖父様を殺害したのは私です」
「え?」
「その時生き残ったのはロキ様とラナ様のお二人だけです。ロキ様とラナ様は逃げ延びてこの街に来て、やがてカイル様と出会いました。カイル様は当時何かの組織にいたそうですが詳しくは分かりません。ロキ様とラナ様もその組織に入り、ロキ様はやがて敵対した組織を一人で壊滅させました。それが私がいた組織、白狼会です」
「白狼会……」
「当時ロキ様に遭遇して生き残った白狼会の人間は私だけです。ラナ様の父親の仇。しかしラナ様は一番憎いはずの私を殺さず、将軍を倒した後に法に委ねる決断をなさいました。ロキ様もラナ様の意見を尊重し、私を殺さず、さらに罪を償って牢を出てからは部下として取り立ててくださいました。私はそれを恩義に感じ、それ以後生涯を賭けてロキ様とジン様をお護りしようと心に誓ったのです」
ジンは持っていた本がずり落ちそうになるのに気付いて慌てて机に置いた。そして立ち上がって窓際に立った。
「あなたが僕の祖父を?」
「はい」
「お母様は? 僕のお母様はどうして死んだの?」
「ラナ様は将軍と相討ちになられました。見事な最期でした」
「そっか……」
ジンは窓から外を見た。外はのんびりとした時間が流れている。見張りの兵士があくびをしているのが見えた。
「あなたが私を憎んでも無理はありません。指示されればいつでも任を解かれる覚悟はできています」
ジンは優しく微笑んでダンを見た。
「僕はお祖父様の事は知らないし、お母様の事も良く知らない。どんな人だったのかも父さん達からはあまり聞かないしね」
「……」
「でも僕が今こうしていられるのは皆が頑張ってくれたからだ。僕は今何の不満も無い。お母様も父さんもあなたを許したのなら……僕も許すよ。そしてこれからも僕を護って欲しい。過去を悔いて罪を償った後は、僕と一緒に未来を見て欲しいな」
ジンはラナと同じ瞳でダンに語り掛けた。ダンは立ち上がるとジンの下に跪いて生涯の忠誠を誓った。
「明日、僕と一緒にお母様の墓参りに行こう」
「はい王子」




