フレイムタン 三
ロキとカイルがリア国の王都フィーンに着くと、意外な事にすぐに出迎えの大臣が現れた。白い髭と目を覆うような白い眉毛が顔を覆い尽くし、まるで隠居した賢者のようだ。大臣は穏やかな顔で二人に握手を求めた。
「お待ちしておりました。私はリア国の大臣バルムンクです。お忙しい所お呼び立ててしまって申し訳ございません」
「いえそんな。わざわざ出迎えて来て頂けるとは思っていませんでした」
「ふふ、リア国の者も将軍の味方ばかりという訳ではないのですよ」
ロキは警戒を緩めていない。こちらではカイル達は将軍を殺害したテロリスト扱いだという情報を事前に得ていた。
「しかしお気を付けください。私のようにレオナルドにおおっぴらに敵対していた者は少ない。王の前ではあまりいい顔はされないでしょうから」
「分かりました」
バルムンクの言った通り、カイル達がリア国の王宮に入ると待っていたのは周囲の厳しい視線だった。しかし街で悪党達とやり合いながら子供時代を過ごした二人は涼しい顔で通り過ぎ、王や大臣達が控えている部屋へと通された。王や大臣達も同じような態度だった。
「お初にお目にかかります、私はカイル・ファルブル。こちらは義兄のロキです。現在私がビルギッタを治めております」
大臣の一人がフンと鼻を鳴らした。
「強奪したの間違いであろう」
ロキはニヤニヤして答えた。
「大臣が聞いて呆れるな」
「何だと?」
「将軍が好き勝手やってたから正してやっただけだ。街が乱れてた時にあんたは何かしたのか? あんた方の仕事を減らしてやったんだ。感謝して欲しいくらいだぜ」
「貴様何様のつもりだ!?」
「ご想像の通りただのゴロツキだよ大臣様。気に入らないなら将軍みたいに力ずくで黙らせてみろよ。あいつはもうこの世にいないけどな」
「くっ……!」
王は会話を黙って聞いていたがやがて笑い出した。
「フハハハ! なるほど! こいつは大したゴロツキだ! この面子を前にしてもその態度でいられるとはな。これではレオナルドも勝てぬという物よ」
「どうも」
「気に入ったぞロキ! お主、我に仕えぬか? 悪いようにはせぬぞ」
「ま、考えておきます。今は一応子育て中ですので」
カイルは肩をすくめた。
「よく言うよ、ほとんど僕が面倒を見たのに」
「何だよ、陰ながら見守ってただろうが」
王は話を続けた。
「話というのはな、カイル。フェルトは我が国に敵対するつもりがあるのかどうかを確認したかったのだ。レオナルドは我が国の将軍だ。将軍を撃破するというのは穏やかな話ではない。我が国の軍事の要の一人だった男だ。侵略者によって倒されたのであればこちらも黙っている訳にはいかぬ、と思っていたのだがな」
王はカイルの穏やかな顔を見て続けた。
「お主はどうもそういう侵略者の顔ではない。一体何故レオナルドを倒したのだ?」
「そもそもな話なのですが、私は孤児です。そしてロキはビルギッタの街出身ではありません。ビルギッタの西で暮らしていた遊牧民なのです」
「遊牧民?」
「レオナルドは突然、街の外にいる者達を襲い始めました。ロキがいたキャンプは彼等に襲われ、皆殺しにされ、生き残ったのはロキと僕の姉のラナだけでした」
話を聞いていた大臣達はざわつき始めた。
「ロキとラナは街に逃れ、孤児として暮らし、そこで僕と行動を共にするようになりました。その後もレオナルドは周囲の商人達のキャンプなども襲撃し続けました。街の中にもレオナルドが組織した白狼会という悪党の集団がのさばり治安が乱れました。周囲の街の貴族達はこの事態を受け、放置する訳にはいかぬと反乱軍のリーダーを私として兵を挙げ、将軍を撃破したのです。将軍の近くに魔女の姿がありました。もしかすると彼は魔女にたぶらかされていたのでは、と僕は考えています」
王は顔の前で手を組んで話を聞いていた。
「ですから国としたのは貴族達の意見を汲んでの事もあり、決して私的な欲望で街を奪ったのではありません」
「そうであったか」
王は手をほどき、椅子に背を預けた。
「という事はお主達は我らに敵対するつもりは無い、と考えて良いのだな?」
「はい」
しばし王は考えていた。
「魔女だの何だのは分からぬが、あい分かった。お主達はそのままフェルトとして暮らすが良い。独立を許そう」
カイルは微笑んだ。
「ありがとうございます」
「しかし、これを機にあちこちで独立されてはかなわぬ。そこで我が国の保護下に入る、というのはどうだ?」
「保護下……ですか」
「うむ」
王は立ち上がり背を向け窓から外を眺めながら続けた。
「我が国の保護下に入る事により、他国がフェルトに宣戦布告した場合は我が国も軍を派遣する。強大な我が国が後ろにつけば他国から侵略され難くなろう。その代わり我が国にいくばくかの金を払う。どうだ?」
カイルとロキはお互いを見合った。
「見逃してやるからショバ代を払えって事かい?」
カイルはフッと笑った。
「悪くない提案です。額によりますが」
王は髭を撫でながら顔をこちらに向けニカッと白い歯を見せた。
「我はゴロツキ連合の王だ。甘く見てもらっては困るぞロキ」




