フレイムタン 一
「このままという訳には行きますまいな?」
「当然だろう」
天井の高い豪奢な部屋に円卓が置かれ、背の高い椅子にリア国の王とその重臣達が座って議論を交わしている。その話題は、周辺の街の貴族達を抱き込んで一方的に独立した国フェルトに対してどう対応するか、という事だった。大臣の一人は穏やかに語った。
「ビルギッタを治めていた将軍レオナルドについてですが、街の外にいる者達を武力を用いて排除していたようで。街の中でもゴロツキ達に好き勝手やらせていたとの事です。報告を聞いて驚きました。彼を倒したカイル・ファルブルは、民衆からは圧政から解き放った救世主扱いだそうで、彼を支持する者達が圧倒的だそうです」
反対側の厳しい大臣は鼻を鳴らした。
「ハッ! レオナルドは街の外を不当に占拠していた者達を殲滅しただけだ。民衆もおおかたそのテロリストに丸め込まれているだけであろう」
「どうでしょう? 一度彼を呼んでみるというのは」
「なに?」
「彼等が我が国の敵となるかを見極めてからでも、戦うのは遅くないのでは?」
「正気か? 将軍を殺害した犯罪者共を王宮に招くと言うのか?」
「レオナルドが度が過ぎていた事も確かです。彼を止めなかったのはあなたの落ち度では?」
「何だと?」
二人の話が熱を帯びて来た時、王が手を上げて彼等を制止した。他の大臣に向かって王は口を開いた。
「問題は、周辺貴族も向こうに付いてしまった事で我が国の税収が減る事だ、そうだな?」
「え、ええ」
「そしてカイル・ファルブルは度が過ぎた将軍を倒して民衆から好かれているのだな?」
「そのようですな」
「ふむ」
王はしばらく沈黙した。他の大臣も王の次の言葉を待った。
「ならばまずはカイル・ファルブルを招いてみよう。レオナルドより御しやすい男ならば問題無い」
「はっ……」
「貴族達の金は、新たに小国フェルトを我が国の保護下に置く維持費としてこれまで通りの額でカイル・ファルブルから請求すれば良い」
「し、しかしそれでは反発を招くのでは? フェルトに入る分の貴族達の税を全て徴収する形になってしまう訳でしょう?」
王は大臣を睨み付けた。
「だから何だ? 反発するならフェルトには滅亡してもらうだけだ」
睨まれた大臣はゴクリと唾を飲んだ。
「まあ我の靴を舐めるのならまけてやってもいいがな。フハハハハ!」
フェルト国の第一王子ジン・ファルブルは、完成したばかりの宮殿の離れの塔でコロコロと飴を舐めていた。ステンドグラスから注ぐ陽射しがポカポカとして暖かい。十四歳になったジンはよく一人でここに来て、祭壇に座り、顔も知らない母親の事をぼんやりと考えてお菓子を食べていた。剣の稽古よりものんびりしたり読書をする方がジンは好きだった。離れの扉が開く音がして、ジンが入口を見るとジンの父親のロキが入って来る所だった。
「ご機嫌だなジン」
「父さん! 久しぶり」
ロキはフッと寂しそうに笑って黒いローブをはためかせながら歩いて来る。若くして妻のラナを亡くし、それ以来ロキは王宮にはあまり立ち入らず街をフラフラしているという。どんな仕事をしているのかはジンは知らない。普段は現在の王、カイルがこの国を治め、ジンと親子のように接しているが、ジンはやはり父親のロキの方が好きだった。
「元気だったか?」
「うん、父さんも元気そうだね」
「まあな」
「飴あげるよ」
ロキは飴を口に放り込むとコロコロと転がしている。
「美味いな」
「ね。このメーカーの飴は特に美味しいんだ」
ロキは首を傾げた。
「そうだったか? しばらく食ってないから忘れちまった」
ロキはゆっくりと歩いて来てジンの頭をクシャクシャと撫でた。
今から十年以上前、この街を支配していた将軍を倒す戦いで負傷し、回復はしたものの、ロキは素早く動く事が出来なくなったらしい。
「父さんは今は走ったり跳んだりできるの?」
「いや……どうかな。一日に二、三回ならできるかもな。それ以上は負担がかかるからな」
「ふうん」
「カイルの所に行こう。話があるんだ」
「うん」
二人は歩いて離れの塔を出た。ジンも大きくなり、もう少しでロキに追い付きそうだ。
「カイルが言ってたぞ、ジンはすぐに剣の稽古から逃げちまうってな」
「違うよ、間合いを取ってるだけさ。ただ十分離れたらそのまま逃げた方がお互い怪我せずに済むでしょ?」
「逃げ足ばっかり速くても大事な人は守れないぞ」
「まあ、確かにね」
「やる時は躊躇せずに殺る、戦闘の鉄則だ」
ロキとたまにこう言う話をする時、ジンはロキがあまりにもカイルとかけ離れている意見を持っている事に疑問を感じていた。ロキは敵というものに一切の容赦が無い。どんな人生を歩んで来たのだろうか、ジンはいつか聞きたいと思っている。
「でも敵を追い詰め過ぎて退路を完全に断ってしまうのは良くないって書物に書いてあったよ。一つ逃げ道を残してあげないと全力で抵抗するからって」
「へえ、そうなのか。お前は頭がいいな」
王宮に入り、通路を進む。ジンは兵士達に手を上げて挨拶しながらゆっくり歩き、ロキのペースに合わせている。
「シャロンにいつも勉強教えてもらってるんだ」
「最高の教師だな。あいつはお前くらいの時には既に大学を卒業してた」
「げっ……それ本当?」
「ああ。最もあまりにも天才過ぎると話に付いていけない可能性があるがな。彼女の下で学ぶのは無駄ではない筈だ」
二人が謁見の間に入るとカイルが二人に気付いて立ち上がった。
「ようカイル」
「ロキ! 良かった、連絡がついて」
「いつも悪いな、ジンの面倒を見てもらっちまって。例の件で来たんだ」
カイルはため息を突いて玉座に座った。
「ああ。リア国王に呼ばれたんだ。一緒に来て欲しい」
「分かった」
ジンは目を丸くした。
「え!? 父さんも行くの!?」
「ああ。何かあったらカイルを守らないとな」
ジンはロキの足を見て肩をすくめて言った。
「カイルおじさんの足手まといになっちゃうんじゃない?」
ロキとカイルはお互いを見合って笑った。
「ジン、お前のお父さんはすごく強いんだぞ」
「そうなの?」
「ああ、多分この国で一番ね」




