ぬいぐるみの鬼 十八
将軍が討ち取られた事で、残りの兵士達は皆投降した。終わってみれば死者の数はカイル達の三百人に対しレオナルド側は七千人で、三万対一万の戦いはカイル達反乱軍の圧勝だった。将軍と行動を共にしていた魔女はいつの間にか姿を消していた。
カイル・ファルブルは他の五つの街の貴族達からの援助を受け、ビルギッタの街を王都とし、新しい国フェルトとしてリア王国から独立した。カイルは姉にあたるラナの息子であるジンを第一王子とし、次代の国王をジンに据える意思を表明している。
白狼会だったダンは本人の希望を受け、人間の姿に戻り罪を償っている。その後はロキの私兵を希望しているという。
シャロンはビルギッタが独立したのを受け、大学ではフェルトからの客人扱いとなり、しばらくしてフェルトに帰国した。将軍を倒し一方的に独立した事によりカイルはリア国王の怒りを買っており、これから国家規模の戦争が起きるのではないかと危惧されている。
「ここが一番いいと思ったんだ」
ロキはカイルを連れて西のキャンプに程近い小高い丘に座っていた。あの後ロキ達はラナをここに葬った。
「ラナはやっぱり遊牧民だったから。街よりもこっちの方がいい」
「そうだな」
カイルはロキの側に立っていた。
「ここからだとよく見えるな、お前の宮殿」
ロキがそう言うと、カイルは東にある王都で建設中の王宮を眺めた。
「ジンもいるんだ。ロキも住みなよ」
ロキは首を振った。
「俺はごめんだ。ジンには悪いが俺みたいな奴は近くにいない方がいい。あいつには日が当たる道を歩いていて欲しいんだ」
そう言うとロキは右手で踏ん張って立ち上がった。そして右足で立ち、杖を突いて立った。
「体の調子はどうだ?」
「ああ。右手と右足はおかげで何とか動けるんだ。シャロン様々だよ」
「お前の努力もだろ」
「大した事はしてねえよ」
シャロンはロキが魔法を使う際の魔力の移動に注目した。ロキが魔法を使って相手の体に影響を与える時に、触れた場所を介して高速で移動している魔力という名のエネルギー、それが相手の細胞などに働きかけて外見を変化させているのではないかと考えた。ならば魔力をコントロールして自分の体にも力を割り振れば魔力でロキ自身の体を動かせるのでは? ロキは今まで無意識に使っていた魔法をきちんと意識して使う事によって、右手と右足が動かせるようになった。
「こんな事考えもしなかった。頭が良い奴の考える事は違うな」
「俺も嬉しいよ。ロキがまた歩けるようになってさ」
「この調子ならそのうち左側も動かせるかもしれねえ。魔力の循環の具合が分かるようになって来たんだ。ジンの魔力は半端じゃねえ。あいつをこっち側に来させるなよ、大変な事になるからな」
二人は歩き出した。
「俺の戦いはまだ終わってねえ。必ずゲイルを見つけ出して息の根を止める。そして二度とこういうくだらねえ奴らが現れないようにしてやる」
ロキの中にはまだ消えない憎しみが渦巻いている。再び王都で情報屋を組織し、新たなサソリとして暗がりで音も無く敵を探し続けている。ラナの燃える瞳が今もロキを亡霊のように動かし続けている。
夜の小さな酒場にいる老いた語り部が、一本の蝋燭を前にして静かに話し終えた。酒場の隅にある奥まったその席は蝋燭の頼りない火だけが辺りを照らしている。
「こうして今のジン・ファルブル王子へと繋がって来たのだよ」
同じ席で話を聞いていた男はジョッキに残っていたビールを飲み干した。
「それで終わりか? ロキはどうなった? ゲイルを見付けたのか?」
語り部は立てた指を唇に当て呟いた。
「この国ではロキという言葉を口にしていいのは許された語り部のみだ。みだりに呼ばない方がいい」
男は肩をすくめた。
「今では子供達にもこう教えているのだ。いい子にしてろ、さもないとぬいぐるみの鬼に喰われるぞ……とね」
男は低く笑った。
「ふん、くだらねえ。俺はこの街に来てから散々悪さをして来たがこうして生きてるじゃねえか。ロキはお前の創作なんじゃねえのか? サソリの組織なんて聞いた事もねえ」
男が笑いながら顔を上げると、二人が座っている席の横に、先程までカウンター席に座っていた青年が立っていた。青年は蝋燭の火を吹き消すと酒場の一角に暗闇が訪れ、語り部がマッチを擦って再び蝋燭に火を灯すと、男の姿は蝋燭の煙と共に消えていた。扉が軋みながら開く音がして、語り部が見ると青年が出て行く所だった。




