ぬいぐるみの鬼 十六
「久しぶりだなカイル、元気だったか?」
「はい、ジャミル様もお元気そうで。僕のような者にも気を配ってくださって嬉しいです」
カイルは貴族の立派な服を着て、ジャミルの屋敷のソファにすわってジャミルと再会していた。筋骨たくましく、チョビ髭にスキンヘッドという風体のジャミルは、ニカッと笑いながらアルフリードからもらった手紙を指輪を嵌めた手で軽く振った。
「何を言っておる。もうお主は何でも屋の小僧ではない。ファルブル家の者なのだぞ」
カイルは頭を掻いた。
「ああそうでした。すみません、路地裏暮らしが長くて。なかなか慣れない物ですね」
「フ、お主のそういう自然体な所が皆を惹き付けるのだ。そのままで良い」
カイルはニコッと笑った。
「私も将軍レオナルドには思う所がある。私もお主達の戦いを全面的に支持する。存分にやってくれ」
「ありがとうございます」
「ただし条件がある」
そう言うとジャミルは紅茶を一口すすった。
「何でしょう?」
「私はロキという男を知らぬ。この戦いのリーダーはお主にしろ」
「え?」
ジャミルは立ち上がって窓際に立った。
「レオナルドを倒して終わりという訳では無い。その後統治する者が必要であろう?」
「しかしそれなら私の父となったアルフリードが当主になった方が良いのでは?」
ジャミルは窓際に置いてある馬の彫刻の背中を優しく撫でた。
「アルフリード殿はこの戦いにおいては新参者だ。急に出て来て当主を横取りしたとあってはその後の統治に影響が出るだろう」
「まあ……そうですね。ずっと戦っていた者達は不満かもしれません」
「そこでお主だ。お主はロキと共に、いやロキよりも前から反乱軍にいた。皆がお前の事を知っておる。将軍がお主の存在を知らないのが不思議なくらいだ。そしてファルブル家の者となった今、お主以外の適役はおらぬ。悪政を続ける将軍を倒す為にカイル・ファルブルが立ち上がった形にするのが一番良い。他の街の有力者からも援助を得られ易かろう」
「そして私が統治した後はあなたと交流を深める事ができる、という訳ですね?」
ジャミルは陽を背にして顔はよく見えないが白い歯が覗いている。窓から射し込む光がカイルを照らした。
「分かりました。ロキはそういう事にはこだわらない男です。あなたの力を借りる事ができて喜んでくれるでしょう」
カイルは立ち上がって握手を求めた。ジャミルは快く握手に応じた。
「これから私は兵を集める。ゆっくりしていってくれ」
「はい。では後ほど」
ビルギッタの街の病院で一人の男の子が産声を上げた。汗だくのラナは赤ん坊を愛おしげに眺めた。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
ロキは赤ん坊の隣にちんまりと座って自分の子供を見守っている。二人は自分の子供をジンと名付けた。
アルフリードとジャミルはカイルを反乱軍の長として旗を上げ、兵を集め始めた。カイルも他の街に赴き、他の貴族たちと交流を深める事で軍は加速度的に大きくなっていった。将軍は魔女の忠告に従い引き続き外部の排除を行い、どんどん孤立が深まって行く。やがてカイル達の軍勢が大きくなり無視できなくなってきた頃、二年が経とうとしていた。
その日、ロキとラナはエレナと家政婦と共に、屋敷の庭でジンが歩いているのを見守っていた。
「随分大きくなったな」
ラナが顔を向けると、護衛の兵士達を連れ、馬車から降りたカイルが立っていた。立派な鎧に身を包み、マントを羽織っている。
「カイル!」
ラナがロキを抱えてカイルに抱き付いた。
「久しぶりね!」
「元気だったか?」
「ああ。すっかり留守にしちゃってごめん。ジンが産まれたのは知ってたのになかなか来られなくて」
ラナは首を振った。
「ううん、いいの。私達こそカイルに任せっきりでごめんね」
カイルはロキの頭をポンポンと撫でた。
「ロキはぬいぐるみだから十六歳のままなのか?」
「ああ、追い越されちまったな」
「お前もしかしてこのまま永遠に生き続けるんじゃないだろうな?」
「どうなんだろうな、気にした事がねえ」
カイルはエレナと家政婦にもひとしきり挨拶した。
「シャロンは大学だっけか」
「うん。あの子大学でもとびきり優秀みたいね」
「会えなくて残念だな」
とことこと歩いているジンを微笑みながら見た後、カイルは真面目な顔をしてロキとカイルに告げた。
「準備ができたんだ。ジャミル様の街から兵を挙げる」
「いよいよね」
三人は頷いた。
「俺達も行くよ」
カイルは首を振った。
「駄目だ。君達にはジンがいる」
しかしラナの決意は固かった。
「私達の戦いでもあるの。将軍の首は譲れないわ」
燃えるようなラナの瞳にカイルは気圧された。ラナはジンをエレナ達に任せて部屋に戻り、荷物を持って来た。いつでも出られるように準備が済ませてあった。
「全然変わってないなラナは」
「当然よ」
そう言うとラナはぬいぐるみをひとつ鞄から取り出した。図書館跡に放置されていた白狼会のダンのぬいぐるみだ。ラナはダンのぬいぐるみをポンポンと叩いた。
「ダン。起きな」
「……ん? あ、どうしたんですか姉さん?」
「この人がカイルよ。あなたを裁いてくれる人。今のうちによくゴマを擦っておきなさい」
そう言ってラナはダンをカイルに手渡した。
「こいつは?」
「私の父親を殺した男よ」
カイルは唾をゴクリと鳴らした。
「殺しても良かったんだけどね。一回引きちぎって縫い直したから後はカイルに任せようと思って」
「い、いいのか?」
「殺害したのは私の父親一人なの。だからダンには決着が付いたら法の裁きをきちんと受けてもらおうと思うの。私は将軍達の首で楽しませてもらうわ」
「分かった」
ダンはカイルの懐に収まった。
「すみません姉さん。救ってもらったこの命、必ず役に立ててみせます」
「ラナに感謝するんだな」
ロキはそう言うとラナの鞄のポケットに収まった。エレナがジンを連れて三人に近付いて来た。
「どうしても行くの?」
「はい。私達に何かあったらジンを頼みます。いざという時は南の服屋にバーンズさんがいます、彼を頼ってください」
ラナはジンを見て優しく頭を撫でた。
「いい子にしてるのよ」
そう言うとカイルとラナは馬車に乗り込んだ。
「行こう」




