ぬいぐるみの鬼 十五
手術後、特に問題無く手術の傷は塞がった。アルフリードはロキの面倒を家で見ると医師に伝え、医師が了承するとロキはぬいぐるみになってシャロンの鞄の中に入って家まで帰った。医師は忙しくてまさかロキがぬいぐるみになって退院した事など知る由も無かった。ラナとカイルは屋敷に戻った後、バーンズも呼んでアルフリードを含め四人で相談した。バーンズは言った。
「サソリがいなくなった今、新しいボスが必要だ。サソリを倒したのはロキだ。俺は新しいボスをロキにすべきだと思う。それなら皆も納得する」
ロキはバーンズの前では人間の姿でベッドに横になっている。
「それは構わないが、俺はもう戦えないぞ」
「それでもロキの存在は大きい。それにボスは直接戦う訳じゃない。決断をするのがボスの仕事だ」
アルフリードが同調した。
「ロキだけではまだ負担が大きい。しばらくは私も一緒に考えよう」
「分かった。ラナもあまり動けないからラナにもサポートしてもらう事にするよ」
「決まりだ。皆に伝えて来る。以前の服屋から多くの者に連絡を回す事ができる。そのあたりの仕事は俺が引き継ぐよ」
バーンズが屋敷を出て行った。
「隣町のジャミル氏に手紙を出した。彼が兵士と装備を集めてくれる。レオナルドに悟られないように隣町に少しずつ集める。おそらく二年程かかるだろう」
「二年か……」
カイルがずっと黙っていたが口を開いた。
「俺……ジャミルさんの所に行って来るよ」
「え?」
「仕事で一度会った事があるんだ。あの人の所で手伝って来る。組織の人間も一人はいた方がいいだろ?」
「頼むぞカイル」
「任せとけ」
カイルがロキの肩をポンと叩いた。
「ゆっくりしてろよ」
「言われなくてもな」
二人はニッと笑った。
ラナが目を開けると、暗闇の中に一人、どこまでも続く氷原に立っていた。
(ここは?)
よく見ると向こうに誰か立っている。あの時、森で見た魔女だ。青黒い氷の景色の中で、黒いシルエットの魔女はラナに背を向けたまま静かに立っている。
「あの」
ラナが声をかけると魔女は顔を僅かにこちらへ向けた。
「ラナ」
「あなた、ロキに魔法を授けた魔女なんでしょ?」
「そうよ」
「私にも魔法を授けて欲しいの。私、将軍を倒したい。あなたの力が必要なの」
風の低い音が小さく長く続いている。魔女はまた向こうを向いてしまった。
「レオナルドにも別の魔女が付いているわ。例え兵士を何人集めても、そしてあなたに魔法を授けても……残念ながらあなた達ではレオナルドに勝てないかもしれないわね」
「そんなのやってみなければ分からないじゃない!」
魔女は空を見上げた。魔女の瞳が金色に輝いている。
「あなたの魔力と私とは相性が悪いみたい。でもあなたの中にある魔力、そしてロキが魔法を発現させた後になお残った魔力……それを引き継ぎ、最後に彼の魔力を合わせれば……そうね……。レオナルド、そして姉さんを倒す事ができるかもしれない」
「彼……? 姉さん? どういう事?」
「また会いましょう……その時に」
風が強く吹き付け、ラナの視界は暗転した。
ラナは真夜中に目を覚ました。
(なんだか変な夢だったわ)
隣にぬいぐるみのロキが寝ている。動けなくなってしまった私の恋人。でも生き延びてくれた。ラナは少女のようにロキのぬいぐるみを抱きしめながら再び眠りに落ちた。




