ぬいぐるみの鬼 十三
ポタッという水の音でロキは目を覚ました。
「う……」
頭が痛む。周りを見るとどうやら木造の民家のようだ。もう一度ポタッという音がして、見ると蛇口からの水滴がシンクに落ちた音だった。ジャラリという音がして手足に鎖が繋がれているのに気付いた。鎖は柱に巻かれていて、ロキは立ったまま拘束されていた。腕を引っ張ってガシャッガシャッと鎖が揺れるが外せる気配が無い。
「おはようロキ」
近くの安楽椅子に座っていたサソリが読んでいた本をパタンと閉じた。
「気分はどうですか?」
「どうって言われてもな」
サソリは立ち上がって蛇口をきちんと閉めた。
「どうもこの蛇口は締め付けが甘いですね」
「なぜなんだサソリ? なぜこんな事を? もう少しで将軍が倒せたのに」
サソリが振り返ると目が細い瞼の奥でギラギラと光っていた。
「私が将軍に仕えているからですよ」
ロキは目を見開いた。
「何言ってるんだ?」
サソリは本を机の上に置き、グラスに酒を注いだ。
「不思議に思いませんでしたか? この組織のお金が一体どこから出ているのか。あなたに差し上げた家を買ったお金はどこから出ているのか?」
サソリはグラスをぐいっと飲んだ。
「それはこの街の防衛費から出ています。つまり言ってみれば将軍からお金が払われているのですよ」
「は? 意味が分からない。俺達は反乱軍みたいなもんだろ。将軍の敵だ。なんで敵に金を払うんだ?」
「これだけ広い街です。どうしても将軍に反旗を翻す者が出て来てしまう。将軍はそれを鎮圧する武力を持っているものの、外界との戦闘にも必要だ。いたずらに軍を消耗する訳にはいかない。そこで将軍を倒す名目の組織を部下の私が作り、そこに引き入れて将軍の敵を私が管理するのです」
サソリはキッチンに置いてある包丁を手に取った。
「その組織で適当に泳がせておき、将軍に近付き過ぎた者は私が秘密裏に排除する。そしてそれを将軍が安い防衛費で運営する。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。東洋の言葉です」
ロキは歯ぎしりした。今までの事は全て将軍の掌の上の事だったのだ。
「白狼会は? あいつらも将軍の組織なんだろ?」
「分かりやすい敵を作る事でお互いを消耗させる。いわば反乱軍のガス抜きです。ですから白狼会はゴロツキの集まりです。元々将軍にとってはどうでもよい組織なのですよ。とはいえまさかあなた一人に潰されるとは思いませんでしたが」
サソリはゆっくりと近付いて来た。
「時折あなたのように強力な者が現れる。だからこの組織が必要なのですよ。あなたのような者が反乱軍のリーダーになると厄介ですからね」
サソリとロキが対面した。
「あなたには愛する女性も子供もいる。だから忠告したのです、もう将軍を追うのはやめろと。ずっとあのまま何でも屋でもやっていれば良かったのだ」
ロキが下を向いて唸るように吐き捨てた。
「ずっと将軍を倒す夢を見て這いずってろって事か」
「そうです。ガキが図に乗るからこうなるんですよ」
サソリはロキの髪を左手で掴んでロキの顔を上げた。
「お前達は危険だ。生かしておく訳にはいかない。ラナとカイルもすぐにあの世に送ってやる」
ロキは不敵に笑った。そして次の瞬間サソリはぬいぐるみになって地面にポトリと落ちた。サソリが持っていた包丁が床に落ちてカランと音を立てた。サソリは突然の視界の変化に驚きを隠せない。
「な!? 何だこれは! き、貴様一体!?」
「ざまあねえなサソリ。よく似合ってるぜ」
「こ、こうやって白狼会を潰したのか……!」
「俺をただのガキだと思ってるからこうなる」
ロキはぬいぐるみに変化し、鎖に繋がった腕輪をするりと抜くと人間に戻って手首をさすり、包丁を拾った。
「お前が本当にしくじったのは、将軍より強い奴が現れる事を想定して寝返る準備をしてなかった事だ。残念だよ、あんたを信じてたのに」
「く、くそ……!」
「あばよ」
ロキはサソリの首を包丁で落とし、胴体をゴミ箱に捨てると頭をローブの内ポケットに入れ、包丁をキッチンに戻して家を出た。




