ぬいぐるみの鬼 十
三人は驚きのあまりなかなか声が出なかった。将軍と近い人間だという噂は本当だったのだ。カイルはなんとか話を繋いだ。
「あ……ああ、将軍って一般の人は全然見られないですもんね。帰って来た時とかも見た事無いからどうしてるのかなって思ってたんですよ。アルフリードさんが上手く警備してたからなんですね。凄いなあ」
「最近特に警戒しているようなんだ。おかげで何度も移動するからそのたびに警備をしないといけなくて。何でもこの街を脅かそうとしている人達がいるらしい」
「そうなんですか」
「うん。でもそれにしたってここ最近のレオナルドは強引すぎる。やり過ぎだよ。いくら外部からの侵略対策だって言ったって、西のキャンプの人達なんて昔から何度も来てる遊牧民だ。害なんて無いのは皆知ってるはずなのに。彼の周囲に何か変な事を吹き込んでる奴がいるんじゃないかって」
「あなた、子供に聞かせる話じゃありませんよ。大丈夫よラナ、この街が侵略されるなんて事は無いからね。安心して」
ラナは突然話を振られて狼狽えた。
「あっえ、ええそうですね」
「あ、それより引っ越して来たんだろ? 荷物とか解かなくていいのかい?」
すっかり新居の事を忘れていたロキは立ち上がった。
「あ、そうだった。カイル、ちょっと掃除しないとな。そろそろおいとましようぜ」
「ああ」
「お邪魔しました」
三人は立ち上がった。
「半年後にレオナルドが帰って来るまで暇だから私もそのうち手伝いに行くよ」
「ありがとうございます」
家政婦のおばさんとシャロンが見送りに玄関まで付いて来た。おばさんはニッコリして言った。
「明日私も掃除を手伝ってあげるからね!」
「え、いいんですか?」
「任せときな!」
三人は感謝してロキが鍵を開けて隣の家に入った。
もともと三人は大した荷物も無く、サソリが用意してくれた家は家具も全て揃っていて特にいじる必要も無くそのまま生活できそうだった。三人は軽く掃除だけして近くの酒場に入って夕食を食べた。
「ほんとは子供はお断りなんだけどね」
猫の一件以来久しぶりに会った化粧が派手な店員は、黒と白のツートンカラーになった髪の毛を撫でながらぶつくさ言っていたが、近くに引っ越して来た子供達のためにカウンター席でバランスの取れた夕食を作ってくれた。酔っ払った二人組の客が入って来て、片方の男が三人を見付けて冷やかした。
「おいおい! いつからここはお子様ランチを出す店になったんだ?」
ロキがコップを置いて男を見るともう片方が急いで相方の肩を掴んだ。
「バッバカ止めとけよ何考えてんだお前! ロキだぞ」
「ああ?」
「ほら、この前東で。白狼会と!」
「えっ? あ……」
ロキは腰を浮かし、いつでも飛びかかれる状態で二人に話しかけた。
「今日は見逃してくれよ。静かな夜だし、悲鳴を上げたら周りに聞かれちまう」
「す、スイマセンでした! こいつ酔ってて。ホラ向こう行くぞ」
二人はスゴスゴと奥の席に行った。店員はロキの前で頬杖を突いた。
「あんたワルの間でちょっとした有名人なんだって? ついこの間までその辺のお子様だったのに。今は目がギラギラしててゾクゾクしちゃう」
ロキはため息をついた。
「この前真っ昼間に白狼会に絡まれたのを他の連中に見られちまったからな」
店員は目を細めて笑った。
「良くないね。この街であんまり目立つのは」
「目立ってたのは白狼会だろ? 俺は被害者だ。皆誤解してるだけだよ」
「よく言うよ。あんたが暴れた後の死体を片付けるの大変だったらしいわよ」
店員はゼリーを盛り付けた皿を置いた。
「ほれ」
「どうも」
食器を下げながら店員は言った。
「白狼会の連中には皆困ってたからね、いなくなったのはありがたいわ。でもね、力を付けると将軍を恐れなくなる。それが将軍の耳に入る。そうするとある日そいつはフッと消えちまうんだ」
「俺にはそんなつもりは無いよ。ただの悪ガキだ」
カイルが最後に麦茶を飲んで三人は立ち上がった。
「御馳走様」
「また明日ね」
三人は交代でシャワーを浴びると少し早いがもう寝る事にした。二階に寝室が二つあり、一つはロキとラナ、もう一つはカイルが使うと話が決まった。
「なんだ、男同士の話ができないじゃないの」
カイルはおどけたが自分だけの部屋を手に入れたのは初めてらしくウキウキして部屋に引っ込んだ。
ラナが夜中にふと目を覚まし、隣を見るとロキはベッドに腰掛けて窓から夜の闇を見ていた。
「眠れないの?」
「ん、ああ。いや」
「将軍の事ね?」
「バレてたか」
ロキの手をラナが握った。
「もちろんやるわよね?」
ロキがラナを見た。いつもの強い眼差しでロキを見返している。
「子供が出来たからって、ううん、子供がいるからこそ奴を倒さなきゃ。それができるのはロキだけよ」
「……ああ」
ロキは立ち上がって窓際に立ち、外を眺めた。隣の家の庭の白いテーブルと椅子が目に入った。
「俺はまだ何も成し遂げちゃいない。お隣さんには悪いが将軍が帰って来る時には一度お邪魔しなきゃな」
将軍レオナルドが部屋の一室でワインを飲んでいた。
「浮かない顔ね」
レオナルドが顔を上げるといつの間にか近くに黒いローブを着た女が立っていた。
「魔女か。他の街の連中が最近うるさくてな。何か忠告があるのか?」
魔女はフッと消えると次の瞬間窓際に立っていた。
「あなたにとって大いなる災いがすぐそこまで来ているわ。注意することね」
レオナルドはため息をついた。
「お前の忠告に従って外の奴等はあらかた掃除した。これでも足りないのか?」
「ええ。何かを忘れているようね。大切な何かを」
「フッくだらん。お前の気のせいではないのか?」
魔女はフッと消えてレオナルドのすぐ側に現れた。
「私の言う通りに生きてあなたはここまで来た。これからも私はあなたの味方よ」
魔女はレオナルドの頬を優しく撫でる。レオナルドは魔女をぐっと抱き寄せると二人は口付けをするような姿勢で見つめ合った。魔女の赤い瞳が妖しく輝いている。
「いい? あなたを脅かす者を捜し出し、排除しなければあなたに未来は無いわ」
「仰せの通りに」
魔女は黒い煙となって消えるとレオナルドはワインをもう一口飲んだ。




