ぬいぐるみの鬼 八
今日はジュードが劇場に来ると予想される日だ。ロキはこの日が来るのを待っていた。しかしラナを見るとその気が削がれた。三日程前からラナの体調が良くない。今日は特に具合が悪そうだった。
「うーん、気持ち悪い」
「大丈夫か?」
東のねぐらの一つでロキが背中をさすった。カイルは水を用意したがラナは拒否した。
「医者に連れて行こう。病院はどこにあったっけ?」
「ここからなら近いよ。行こうぜ」
ロキがラナの肩を支えて立ち上がった。
「歩けるか?」
「大丈夫だよ、そんな病人みたいに。それより何だっけ? ああそうそう……ジュードって奴に会いに行く日なんでしょ? 私に構わず行って来て」
「そんな奴いつでも始末できる。ラナの方が大事だ」
カイルが周りを探ってから外に出た。
「そうだよ。敵よりも仲間優先だ」
街の大きな病院は患者がいっぱいで待たされ、なかなかラナの番が来なかった。その間ラナは吐きそうになって何度もトイレに行った。待合室で待っているおばさんがラナを心配してくれていた。
「どうしたのかしらね?」
おじさんが立ち上がると事務の女性に声を掛けた。
「俺達の番は後でいいから早くあの娘を診てやってくれ」
「はい、先生に伝えて来ます」
事務の人がパタパタと走って行くとカイルが礼を言っていた。
「ありがとうおじさん」
「俺は別に血圧だけだからよ。診察なんてする必要も無いんだ」
すぐに事務の人が戻って来て綺麗な声が通った。
「ラナさんどうぞ」
三人がようやく診察室に通されると女医が椅子に座ってラナの診察を始めた。
「ふーむ」
そして何かに気付いたようだった。
「ちょっとこれで検査したいの。尿を採ってこれに浸けて来てもらえるかしら」
そう言って紙のコップとなんだか体温計のような物を渡された。ラナはロキに連れられてトイレに行って戻って来た。それを見て女医はこほんと咳払いをした。
「ラナさん。おめでとうございます」
「え?」
ラナは吐き気で口を押さえながら返事した。
「赤ちゃんができたのよ」
三人がポカンとした。カイルがようやく声を絞り出した。
「はあん。なるほどね」
大したセリフは言えなかった。
「体調悪いのはつわりね。これから定期的に来てください。血圧とか気を付けないといけないから」
三人がポカンとした顔をしたまま診察室を出て来た。おじさんとおばさんが不思議そうに見ていたがそのまま通り過ぎて会計を済ませ、病院を出るとサソリが待っていた。
「ロキ、ジュードを倒すチャンスと聞いていましたが……ん? どうしました?」
ラナが赤い顔を手で押さえて言った。
「ロキとの子供が出来ました」
四人目がポカンとした。
後日、ロキはサソリに呼ばれて服屋にやって来た。
「何か進展があったのか?」
「まずはおめでとうございますロキ」
「ありがとう」
「あなたが入ってからというもの、あなたは目覚ましい活躍を見せてくれました。どうやったのかは分かりませんが、あなたのおかげで白狼会はほぼ無力化され、将軍一派はジュード率いる傭兵部隊、この街にいる僅かな兵、そして奴の側近だけです。あなたにちょっかいを出そうなんて者はもはやこの街にはいなくなった」
サソリは机から立ち上がって窓から外を見た。
「どうです? この辺で活動を休止するというのは。私達は将軍を倒すまで戦い続けます。でもあなたは自由だ。過去のしがらみに縛られて生きる事は無い。これからは産まれてくる子の為に生きるのです」
ロキはサソリの申し出に驚いた。
「し、しかしこの戦いは俺が始めたような物だろ? そんな俺だけ子供ができたからって抜ける訳には」
サソリはロキを睨み付けた。
「自惚れないで頂きたい。白狼会のアジトを全て突き止めたのも私達です。あなたはそこで暴れただけだ。私達はずっと前から将軍と戦い続けている。それこそあなたが生まれる前からね」
ロキはサソリの言葉に怯んだ。サソリはフッと表情を和らげてロキに微笑んだ。
「あなたは十分やってくれた。後は私達に任せてください。復讐のために生きるなんてそんな悲しい事は無いのですよ」
サソリは机に近付くと一枚の地図を手に取りロキに渡した。中心街の住宅の一つに丸が付けてある。
「これは?」
「一軒使ってない家があります。そこを使ってください。共同のねぐらで産むなんて可哀想でしょう?」
ロキは嬉しさで言葉に詰まった。
「ありがとう……」
サソリがロキの肩に手を置いて微笑んだ。
「赤ん坊の顔が見れるのを楽しみにしていますよ」




