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06:「『愛している』とおっしゃって」


 婚約発表の夜会のあと、アデルバートは熱を出して寝込んだ。どうやら疲れが溜まっていたらしい。

 そしてジェシカも、思っていた以上にあのことが堪えていたようで、同じように熱を出して寝込んだ。


 しかし、次の日にはすっかり熱は下がり、その翌日には普通に過ごせるくらいに回復した。

 そして、メリッサがお見舞いにやって来た。


「お加減はいかがですか、ジェシカ様」

「もうすっかり良くなりましたわ。この通り、元気いっぱいです」


 そう答えたジェシカに、メリッサはホッとした顔をした。

 そしてすぐに真面目な顔をして、深々と頭を下げた。


「ジェシカ様……申し訳ございませんでした」

「あらあら……わたくし、メリッサ様に謝れる理由が思いつかないのですけれど」


 どうか顔をおあげになって、と言うジェシカに対し、メリッサは頑なに頭を下げたままだった。


「いいえ……いいえ。あの夜会の件も、元はと言えばわたしのせいです。その前の不敬な態度も……本当に申し訳ありません」

「メリッサ様……あの夜会の件はメリッサ様に非はありません。それはアデルバート様も同じご意見です。その前の不敬な態度のことについては……そうね。謝罪をお受けいたしましょう」


 だからどうかお顔を見せて? と言うと、メリッサはようやく顔を上げた。


「あのあと、ジェシカ様に言われたことをわたしなりによく考えてみました。そして……エイダに本当にアデルバート様と思い合っていたのか、確認しようと思いました。その結果、父の弱みを知っている、バラされたくなければ従えと脅されました……それだけではなく、エイダはわたしなんていつでも消せるのだと、そう笑って……わたしを傷つけようとしたのです……」


 ポロリと涙を零したメリッサをジェシカはじっと見つける。


「わたしが信じてきた弱くて可愛いエイダは偽物でした……本当のエイダは狡猾な恐ろしい人でした……わたしはもう、自分のことが信じられません……」

「メリッサ様……」

「だから……これからはちゃんと人の話を聞こうと思います。そして自分の考えが間違っていないか、信頼できる人たちに相談しようと思います。そのことに気づかせてくれたジェシカ様に、心からお礼申し上げます。本当にありがとうございました」


 そう言って深々と頭を下げたメリッサに、ジェシカは微笑む。


「メリッサ様は、とても強い方ね」

「いいえ……わたしは弱い人間です。本当に強い人は、誰かのために一生懸命になれる人だと思います」

「……そうね。その通りだわ」


 ジェシカはアデルバートの顔が思い浮かんだ。

 アデルバートは誰かのため──特にライリーのためにとても一生懸命な人だ。ジェシカはアデルバートを強い人だと思う。


 その意味では、友人のために立ち上がり、ジェシカに向かっていったメリッサも十分に強い人だ。

 だが、そう言ったところでメリッサは納得しないだろうから、ジェシカはあえて言わない。


 少しの間、ジェシカはメリッサと楽しく談笑をしたのだった。



          ★




 アデルバートの体調が回復したと聞き、ジェシカは早速お見舞いを兼ねてアデルバートの元へ向かった。


「お体の方はもういいのですか?」

「ああ。もう平気だ」


 そう言ったアデルバートは少し痩せた気がする。

 だが、その瞳はいつも通りに輝いていた。


「……あの夜会のことについて聞きにきたんだろう」

「はい。ご説明いただけますか?」

「ああ」


 アデルバートは頷き、事のあらましを語り始めた。

 それを最後まで聞き、ジェシカは問うた。


「……つまり、わたくしは囮にされたということね?」


 ジェシカが半眼になってそう聞くと、アデルバートはバツの悪そうな顔をして「……有り体に言えば」と認めた。


「フォード家は黒い噂が絶えない家だった。探りを入れ、最近ようやく実証を掴めたんだ。夜会の最中に家に押し入り、確固たる物証を取り押さえて彼らを捕まえる予定だったんだが……まさかエイダ嬢があそこまで愚かなことを企むとは。事前に情報を掴めたのは幸いだった」


 ケイレブに感謝しなければ、とアデルバートは言う。エイダがなにか良からぬことを企んでいると情報を掴んだのはケイレブだったのだという。

 その情報源は本人曰く「僕には親切な友人がたくさんいるので」ということらしい。


 もともとフォード家を怪しんでいたアデルバートは自分に接触してきたエイダに、これ幸いとつけ込むことにした。

 言葉巧みに彼女から家のことを聞きだし、彼女に家に踏み込めるような証拠を掴んだのが夜会の一月ほど前のことだった。


 実際にフォード家から取り押さえた帳簿や書類からは、武器の横流しなどの不正・横領、さらには人身売買まで行っていたという記録が出てきた。

 それらは巧妙に隠されていたようだが、優秀な軍部の小隊は見逃すことなく証拠を発見していったようだ。先導したのはメリッサの父だったという。


 また、エイダの愚行のお陰で軍部の腐食も見えた。

 軍の改革が必要だな、と悪い笑顔を浮かべてアデルバートは言う。

 恐らくライリーが軍に入るまでには風通しをよくするために、いろいろと企んでいるのだろう。


「……そんなことは聞いていません。酷いわ、事前に情報が手に入っていたなら、教えてくだされば良かったのに」

「知らないでいたことがいいこともある。今回の件は情報が手に入ったのは本当にギリギリだったし、なにより君に余計な不安を与えたくなかった。君がいつも以上に緊張していれば、相手もおかしいと怪しんで取り逃がす可能性もあった。……とはいえ、君に怖い思いをさせたことは紛れもない事実だな。すまなかった」


 そう言ってアデルバートは頭を下げた。

 それを見ながら、ジェシカは問う。


「教えなかったことは謝ってくださらないのね」

「……今回と似たようなことがもしこの先あったとしても、私はまた同じ選択するだろう。これは君を信頼しているとかしていないとか、そういう問題ではない。たとえ君に恨まれようとも私は何回でも同じ選択をする。だから、それに関しては謝れない」


 真っ直ぐにジェシカを見て、アデルバートそう言い切った。

 黙ったジェシカに、アデルバートはフッと自嘲する。


「目的のためならば、婚約者だろうと利用する──私はそういう奴だ。私と婚約したことを後悔したか? だが、もう遅い。今さら婚約解消なんてできないからな」


 諦めるんだな、と皮肉げに笑うアデルバートに、ジェシカは目を閉じて、深く息を吸って吐いた。


「……わたくしを見くびらないでいただきたいわ。これくらいのことで、後悔なんてしません。……ねえ、そんなに悪ぶらないで。あなたがわたくしに万が一もないよう、最大限気遣ってくださったことは知っている。わたくしはそれだけで十分だわ」


 ニコリと微笑んだジェシカに、アデルバートは動揺したように瞳を揺らす。

 それを眺めながら、ジェシカは思い出したように言い足す。


「でも……もしまた似たようなことがあったら、きちんとわたくしを守ってくださる?」

「もちろんだ、約束する」


 即答したアデルバートにジェシカはニコリと微笑む。


「約束ですよ? きちんとわたくしを守ってね」

「ああ」

「『大丈夫だよ』と優しく何回もおっしゃって」

「……あ、ああ……」

「それから……ぎゅっと抱き締めてくださいね」

「………………努力する……」

「それからそれから、『ジェシカ、愛してる』と囁いて……」

「ジェシカ……君、私をからかっているだろう」


 ジトッとした目をするアデルバートに、ジェシカはふふと笑う。


「あら。おわかりになって?」

「……見ていればわかる。目が笑っていた」

「まあ……わたくしとしたことが。次は気をつけますわ」

「からかうのをやめてほしいんだが……」

「やめてほしいのでしたら、『愛している』とおっしゃってくださいな」

「……」


 拗ねたように顔を背けるアデルバートを見て、ジェシカは決めた。


 ──この人から甘い言葉を期待するのはもうやめよう、と。


 言葉はなくても、きちんと彼がジェシカを想ってくれているのは感じる。

 お茶をするたびに、テーブルの上に並ぶお菓子にジェシカの好む物が増え、逆に手をつけない物はなくなっていく。好きなお菓子や苦手なお菓子を彼に教えたことはないはずだけど、ジェシカのちょっとした仕草や表情をよく観察し、好物とそうでない物を見分けているのだろう。


 わかりにくいけれど、ちゃんとジェシカのことを考えてくれている。

 夜会で着る衣装だってどうでもいいと言いながら、婚約発表する日が決まる前から準備して用意してくれていた。

 だから、これ以上を望むのはきっと我儘なことなのだろう。


 でも、やっぱりちょっと悔しい気持ちもある。

 だから、アデルバートが愛を囁いてくれないのなら、代わりにジェシカがたくさん言おう。そして照れ屋な彼を照れさせるのだ。最終的には泣かせてもいい。


「アデルバート様」

「なんだ?」

「わたくし、あなたが好き」

「……な、なんだ、突然……」


 ジェシカの思惑通りに動揺するアデルバートに、内心にんまりする。

 ──ああ、すごく楽しい。


「突然なんかではありませんわ。わたくし、常々思っておりますのよ。アデルバート様が好き。あなたを愛しております」

「……」

「不器用なところも、少し面倒くさいところも、プライドが高いところも、照れ屋なところも、優しいところも、弟が好きすぎるところも、ちょっぴり泣き虫なところも、全部好き。大好き」

「…………」


 アデルバートは顔を赤くしながら、眉間に皺を寄せる。

 わかっている。こうして眉間に皺を寄せるのも彼なりの照れ隠しなのだ。

 照れすぎて目に少しだけ涙が滲んでいる。

 それを見て、ジェシカは思う。


 ──ああ、なんて可愛い人なのかしら。


「結婚式が待ち遠しいですわ」


 そう呟いたジェシカに、アデルバートは本当に小さな声で「……私もだ」と答えたのだった。



   ─おわり─


アデルバートがとても評判が良かったのでヒーローとして書いてみたお話でした。

「不運な王女〜」の話の二人の関係性になるまでにはいろいろあったんだろうな、じゃあ書いてみよう!と思いいたった結果がこの話です。

本当はこの話でアデルバートがジェシカのことを愛称で呼ぶようになるラストにしようと思ったのですが、いや待てよ、アデルバートはそんな簡単なやつじゃない……!と思い直し、こういう感じで終わらせました。

二人が愛称で呼び合うようになるまでも書きたい気持ちもありつつ、とりあえずはこれでおしまいです。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!

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